第168話
「お友達に、このお店の事、夜の安全地帯、だなんて言ってもらったのに、さ。申し訳なくて」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! だからどういうことなんですか?」
店長は泣き出しそうな顔で言った。
「あの人、ライターとライターオイルを買って行ったんだ。その時はあれ? 煙草は買ったことないのにな、くらいにしか思わなかったんだけど、その日、あのマンションで火事があって」
「それって……」
「もしかしたらって思うよね。一年前も、チラッとあの人が放火したのかもしれないって頭をよぎったけど、確信はなかったし、巻き込まれるのも面倒で、警察には言わなかったんだ。だから、蓑笠くん達からストーカーを探しているって聞いて、あっ、やっぱりそうだったのかなって。ジグソーパズルのピースがピタッとはまったみたいな気がしてね」
「潮田が……、放火を」
……そうだ。一年前に南由は火事で死んでいる。火事の原因は不注意による失火だということだった。事故だと思っていたんだ。
死後に再び俺の前に現れた南由が、霊なのだということは分かってはいたけれど、考えないようにしていた。南由を愛していた。だからどんな形であれ、南由が戻ってきてくれた、それが嬉しかったんだ。
しかし俺から南由を奪った火事は、潮田が南由の部屋に放火したせいだったのだ。違う言い方をすれば、たまは南由が欲しかったから、潮田に放火させたということだ。
考えてみれば、ありうることだ。たまはずっと南由を欲しがっていたんだし、潮田はストーカーになるほど南由に執着していた。潮田とたまの欲望が一致して……、そして。
たまは、亡くなって幽体になった南由を欲しがっていたのではなく、南由の命を奪っていたのだ。亡くなっても、俺や永里への思慕が強かった南由は、たまの家族にはならなかった。だからたまは、南由を独りぼっちにさせて、家族に、自分のものにしようとしていたのだ。
「黙っていて、すみません」と店長は深く頭を下げる。「レストランで、ビールを飲んだ勢いで話そうと思っていたのに、怖くなって先に帰っちゃって。情けないよ。ずっと言わなきゃ、って気になっていたけど、蓑笠くんの連絡先、知らないしさ」
「いえ、いえ、いいんです。ありがとうございました」と言うと、動揺してふらつく足でコンビニエンスストアを出た。駐車場に停めてある車に乗り込み、ぐったりとハンドルに体を預ける。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます