第88話

 そして、「もしかしたらさ、女の子の幽霊かもね。映像に映っていなかったんだから。ボール遊びをしているつもりだったのかもねぇ。だけどそれにしちゃあ、ずいぶん力いっぱい投げたもんだ」というと、店長はハハ、と乾いた笑い声をたてた。


 「お待たせしました」サラダが運ばれてきた。

 「ビール、もう一本ね」と店長は空き瓶を手渡す。


 三浦が渋い顔でトマトとモッツァレラチーズを重ねて、自分の皿に取り分けた。俺の方に皿を回してきたので、フォークを手に取り、トマトにフォークを突き刺した。トマトの赤い汁が飛び、白いワイシャツの袖に赤い染みを点々と作った。


 「あっ、大変」


 永里がテーブルの上にあった紙ナプキンで、赤い汁を吸い取った後、自分のハンカチにコップの水を垂らし、袖を手早く拭いてくれた。


 「ちょっと濡らしちゃったから、冷たいかもしれませんけど」

 「いや、ありがとう。助かったよ。こんなのすぐに乾くし」と言ったものの、濡れた袖にクーラーの風があたって、ひどく冷たい。


濡れた生地が肌に直接触れないように慌ててまくろうとする手の上から、手を握られたような気がした。ひんやりと冷たい、しっとりとした手だ。袖をまくる手が止まる。


 「右手だから、まくりにくいですよね」


 勘違いした永里が、笑って手を伸ばしてきた。永里の手が俺の手に触れた瞬間、パンッ、と破裂音がした。

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