第138話

 悪かったな……と、胸が痛んだ。


 もし南由が見てしまったなら、引きこもっているだけだった時よりも、状態が悪化していてもおかしくない……、というか、南由が自分の家から本当に「外に出た」なら……、すでに事態は悪化していると思う。


 考えても仕方がない、と手に力を入れて、玄関ドアを一気に開ける。静かだ。なんの物音もしない。


 「南由、いる?」といつものように声をかけ、つづけてあの女の子の名前を呼ぼうとして、名前を知らないことに気が付いた。怨霊でも名前はあるのだろうか?


 「いる……のか?」と空間に向かって聞く。返事を期待した訳ではないが、遊園地に連れて行ってくれと言ったのは、あの少女の方なのだ。答えがあるとは思わないが、それでもアレが「いる」と確信めいた思いがあった。

 しばらく待ってみたが、返事はない。詰めていた息をそっと吐く。俺が来たことにこのまま気が付かないでいてくれればいいのに、と強く願う。音を立てずに後ずさる。


 「俺は約束を果たしにきたからな。出てこなかったのは、お前だからな……」


 後ろ手に玄関の扉を押し開けると、すーっと風が部屋の中に吹き込んできた。窓に飾ってある、ガラス細工のサンキャッチャーがシャラ……シャラ……と音をたてる。


 ……「あたしのなまえはね、お前じゃなくて、たまだよ」


 変な名前だ、と思った。たまこ、なら分かるが、たまは珍しい。猫の名前みたいだ。それで「いい名前だね」という決まり文句を言いそびれてしまった。しかし怨霊でも名前を褒められたら嬉しいものだろうか?


 突然、ヒヤッとしたモノが手に触れ、ヒッ、と息を飲んで飛び上がる。

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