第137話

 南由の住んでいるマンションの近くの道路の路肩に車を止める。


 「ちょっと、車で待ってて」

 「うん、でも……、どうしても南由のマンションに寄らないとダメなの?」

 「ちょっと、忘れ物。どうしても取りに行きたいから」

 「……わかった。待ってる。早く戻って来てね」


 永里は何か胸がざわつく感じがしたのか、窓に手をかけて乗り出した。車の窓から外を覗く永里の頬を指先で撫でる。永里がむりやりな笑みを浮かべるのを見てから、踵を返して南由のマンションの入口に向かった。


 南由の部屋の鍵が付いているキーホルダーを鞄の中から取りだして、鍵を開ける。ぶらりと一本だけ垂れ下がっていて、以前のようにいくつかの鍵の中から選ぶ必要もない。


 永里と出かけた時に買った新しいキーホルダーに自分の鍵は付け替えてしまったのだ。自分の家の鍵を開ける時には、何も感じなかったが、南由の部屋のドアに手をかけると、急に申し訳なさが募ってきた。


 玄関のノブに手をかけて、手が止まってしまう。ノブを回し手前に引けばいいのだ。


 しかしずっと家に引きこもっている南由がどんな状態になっているのか、見るのが恐ろしい。永里の家に「出た」のは本当に南由なのだろうか? あの時、いつから見ていたのだろう…? 早い段階から部屋に居たとするなら、心変わりの現場を、意図したわけではないが、南由に見せつけてしまったことになる。

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