第50話

 「もちろん、言ったよ。だけど事件にはできなかった」

 「え? なんで……」


 「犯人、映ってなかったんだよね」そこで店長は嫌な虫でも払うように、顔の前で手をバサバサと振った。「おかげで、うちの店の商品管理が悪いってことになりそうになってさ」大変だったんだよぉ、と大げさにため息をつく。客足がもどるまでに、何カ月もかかったんだから、とこぼした。


 「チラッとでも犯人が映っていたら、損害賠償を請求できるかもしれないと思ってさ。何回も見てみたのよ、わたしも。だから二年たった今でも、よく覚えているんだけど」と、言って顔を寄せてくる。


 「うちの防犯カメラは、自動ドアの上に設置してあって、ドアを通る人が映る様になっているわけ。事件の時はね、とつぜん、自動ドアがガーッと開いて、ボールがすごい勢いで飛び出して来たの。でもボールを投げた人物は映っていなかった」


 「カメラの角度的に映らなかったのかな?」と三浦が口を挟む。店長は前のめりになっていた体を起こして、頷いた。


 「まあね。カメラに映らない位置に立っていた、って、理屈ではそうなるんだけど、ボールはドアにぶつからずに飛び出しているんだよ。ボールが飛んでくる速度では、自動ドアが開くのは間に合わない。つまり犯人は自動ドアの前に立ち、自動ドアが開いたタイミングでボールを投げた、でしょ? そうなるでしょ?」


 「そうですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る