第124話

 「やっぱり押さえてて」と永里の手を持ち、上からぐっと力を入れる。止血しないと。


 いつのまにか、床に乱立した銀色の食器が自分の番はまだかというように、浮き上がり、刃を向けている。


 ギザギザの刃が付いた茶色い木の柄のステーキナイフが、切っ先をこちらに向けて震えている。夕食のテーブルでステーキをたやすく切ったシルバーの刃が、切るモノを探しているみたいだ。


 ゆっくりと切っ先が永里に狙いを定める。そして音もなく永里に向かって飛んできた。とっさに永里とナイフの間に飛び込んだ。


 「う、ああああああぁ! 行く、どこへでも行ってやるから!」


 俺の瞳の手前一センチの位置で、ナイフがピタリと止まった。


 「こーた、ほんとう? やくそくだよ。止めてあげたんだから、やくそくだよ。そうそう、えりもつれてきてね。ぜったいね。そうしたらきっと、なゆは家族になってくれるもん」


 少女の高い声が、嬉しそうに部屋に響く。そしてずる、ずる、と何か重たいものを引きずる音が初めは大きく、やがてだんだんと小さくなり、遠ざかっていった。


 そしてすすり泣く南由の声も、引きずる音よりも少し遅れて、遠のいていく。

 ……やがて聞こえなくなった。だけど。もう聞こえないはずなのにそれなのに、南由の心が破れてしまったような泣き声が、いつまでもいつまでも木魂して消えない。


 響き続ける南由の声に胸を引き裂かれながら、その心の片隅で、南由はまだ、あの子の家族になっていないんだ、とほっとしていた。南由が完全に怨霊の手に落ちたわけじゃないなら、まだ南由を救えるかもしれない……。


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