第125話
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それからどれくらいの時間、虚ろな目をした永里を抱きしめていたのだろう。腕を解き、そっと離れると、永里が「痛っ!」と小さく悲鳴を上げた。顔から流れていた血が、固まりかけて、俺の頬にくっついていたのだ。
「ごめん。血、拭かないと……」
タオルを湯で濡らし、そっと血を拭き取ると、固まった血が緩んだだけで、また血が溢れだした。このままではやはりダメだ。
疲れ果てた頭と体を無理やり動かし、頬の傷を見せるために、休日の当番医を探して永里を連れて行った。永里は病院で治療を受けている間、医師の質問にすら、うなずいたり首を振ったりするだけで、一言も話さなかった。看護師や医師に恋人間のドメスティックバイオレンスではないかと疑われているのが伝わってきて、いたたまれなかったが、永里を病院に一人置いていくことなど、もちろん出来ない。
足を引きずるようにして診察室を出て行こうとすると、「ちょっと、彼氏さん」と医師に呼び止められた。永里に待合室の長椅子に座っているよう、説明し診察室にもどった。
デスクに向かって何か書いていた医師が、キャスター付きの椅子をゆっくりと回して俺を見た。眉間に皺は寄せて、不快感を隠そうともせずに言った。
「君ね、あのキズ、どうしたの?」
「俺にもよくわからないんです。永里に呼ばれて部屋に行ったら、頬をかきむしっていて」
「ふーん。あっそう」医師は信用したとも信じていないとも思える口調で頷いた。
「顔のキズ、残念だけど消えないよ。引っ掻いたせいで、傷口が汚くなっちゃったからね」
胸が痛んだ。「そう……ですか」と頷くしかなかった。
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