第55話

 「私の不幸は遊びの道具なの……?」と、爪を噛んでしまう。


 子供の時の悪いくせ。直ったと思っていたのに、このごろまた噛むようになってしまった。誰も止めてくれないから、一人だから、と無駄な意地をはって、ダメだってわかっているのに、やめられない。噛み切ってしまった爪のかけらが口の中で居場所を見つけられずに這いまわる。


 ああ、忘れていた頭の痛みがまた強くなってきた。

 薬を飲もうと立ち上がると、ふらっと立ちくらみがした。とっさに足をふんばって、目を瞑る。いつもこれでめまいをやり逃せる。


 ぐらんぐらん、と身体がゆれる。


 「ねえ、きれーだね。おかーさん、きれーだね」小さな女の子の声がする。「ほら、オレンジ色がキラキラしてるの。だれかにみせたいな。そうだ、おにーちゃんがいい。おかーさん、たま、おにーちゃんがほしいよう」


 「あらあら。どんなに小さな女の子だって、後からお兄ちゃんは出来ないんじゃないかな? 出来るとすれば弟なのに」


 頭の中の声に、思わず返事をしてしまった。しなければよかった、と後悔してももう遅い。


 「できるもん! おかーさんはなんでもくれる! やさしいの。あたしがほしいものはなんでもくれるもん! いいなぁ。お兄ちゃん、ほしいなあ……」

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