第16話 3

 この部屋にしてよかった、と引っ越した当初は自分でもそう思っていた。

 調子がいい不動産屋に乗せられた気もするけれど、海にほど近いお洒落なワンルームマンションは、憧れの一人暮らしにピッタリだと思った。

 それに住んでみると、コンビニエンスストアが近いのがとても便利だった。トイレットペーパーなどの雑貨はもちろん、卵や牛乳などのちょっとした食材まで置いてあるので、買い忘れたものがあっても、たいていは用事が足りる。


 帰りが遅くなった時も、街灯が少ない住宅を一人で歩くのは心細いけれど、コンビニエンスストアの灯りを見ながら歩くと怖さがまぎれる。もし、変質者に追いかけられたりしたら、コンビニまで走ろう、と決めていた。


 周辺に競合する店舗がないというのもよかった。そのせいで、少し離れたところに住んでいるこうくんも、そのコンビニエンスストアを利用しているのだ。

 おかげで紘くんと出会えたんだものね、と口元がほころんだ拍子に、ピリッと痛みが走り、慌てて唇を舐めた。


 新しく買った赤い口紅が合わなかったらしい。

 「色は気に入っているんだけどなあ」と一人こぼした。一人暮らしだと、独り言が増えるよ、とひょろりとした体つきの不動産屋さんが言っていたっけ。ちょっと胡散臭い感じがするほど調子がいい人だったけど、そんなミニ情報は当たっているんだな、とくすりと笑う。


 さて、化粧は入浴時に洗い流すとしても、もう出かけないのだから、先に口紅だけは先に落としてしまおう、そう思って、クレンジングシートを取ろうとした。


 「あれ、切らしていたかな……?」

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