第141話

 バックミラーに映る後部座席には、たまとあの女の怨霊も座っていた。女の怨霊はたまの「おかーさん」なんだろうか。


 たまと同じ様につやのない髪が、だらりと背中まで垂れている。違うところは、たまの前髪はザンバラに切られているが、母親の方は前髪も長いことだろうか。


 たまは嬉しそうに、後部座席から窓の外を眺めている。母親の表情は髪に隠れて見えないが、たまの方に顔を向けている。


 ミラーの中の俺の視線を感じたのだろうか。わずかに頭が傾く。重たそうな髪もがさりと下側に動く。髪の毛の間から、口元だけがのぞく。ゆっくりと唇が横に引き延ばされ、歯並びの悪い、ギザギザの黄色い歯が覗いた。


 笑った……のか? ぞくり、と背中を恐怖が撫で上げる。


 突然、警報音が鳴り響き、自動ブレーキが作動した。慌てて自分でも急ブレーキを踏む。


「キャアッ!」と、永里が叫び声をあげた。


 永里の体が前に飛び出し、シートベルトにめり込んだ。前の車が目の前に迫っていた。


 バックミラーにばかり気を取られていたので、前の車がブレーキを踏んだことに気が付かなかったのだ。


 「ご、ゴメン」

 「大丈夫、ちょっとびっくりしたけど。何か見ていたの?」


 「永里、後ろの座席、誰か乗っている……?」怨霊のことは黙っていようと思ったのに、思わず聞いてしまった。


 永里は「えっ」と言って、後ろを振り返った。

 そして、「やだ、怖いこと言わないでよ。誰も乗ってないじゃない」と笑、ポン、と俺の肩を叩いた。


 誰もいない? 嘘だ。いるはずだ。

 瞳だけをゆっくり動かして、バックミラーを覗き見る。

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