第142話

 …………いる。ということは、やはり永里には見えないんだ。その方がいい、と思ったが、今度は自分がおかしくなってしまったのではないかと不安になる。


 ザワザワと騒ぐ気持ちに(落ち着け……落ち着け……)と、言い聞かせる。


 怨霊を乗せたドライブが現実だとしても幻覚だとしても、目的地は変わらないんだ。携帯電話を破壊しようとして、事故で死んでしまうなんてバカらしい。


 そう思って、俺はべとついた手のひらをさりげなく太ももにこすり付け、ハンドルを握り直した。


 後ろは見ないようにすればいい。いつも通り運転するんだ。


 永里に手順を口頭で説明し、カーステレオと永里のスマートフォンを繋いで音楽を流してもらう。永里が作ったというプレイリストの曲は、ほどよく昔の曲と流行りの曲が混じっていた。明るい曲が多いのは助かる。


 赤信号で止まっている時に、永里が俺の腕をつかんで揺すってきた。


 「ねえ!」

 「な、なに? 運転中に危ないよ」

 「だって、この車、揺れている……。エンジントラブルとかじゃない?」


 「え?」まさか、と思うが、言われてみれば車が揺れている。


 だけど、これはエンジントラブルなんかじゃない。バックミラーに目をやると、たまが座席の上でピョンピョン飛び跳ねていた。そのたびに車が揺れているのだ。


 そして、さっきまではいなかったのに、南由がいた。バックミラー越しに、なつかしい笑顔を向けている。そして俺の名を呼ぶ。

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