第140話

 「いてっ、止めてくれっ!」と思わず叫ぶと、ピタリと動かなくなった。そろそろと動かして、腕を元の位置にもどす。


 「じゃあ、行くぞ」


 部屋の端に転がっていた赤いスマートフォンをさりげなく拾って、たまに見つからないように、そっとポケットに落とし込んだ。

 ズボンのポケット上から、四角い感触を確かめる。ポケットがスマートフォンの重さ以上に、ずっしりと重たく感じて、肩をグルグル回した。

 そっと振り返ると、南由は背を向けたまま、付いて来る気配はない。


 「じゃあ、行ってくるな」と小さな背中に声をかけると、肩がピクリと震えたが、振り返ることはなかった。

 玄関を出ると、たまの姿は消えていた。「いる」気配もないが、きっとついてきているのだろう……。


 車に戻り、永里に「おまたせ」と声をかけて乗り込んだ。

 「忘れ物、あった?」

 「おう、バッチリだ」確かにスマートフォンを持ち出してきたのだから、嘘ではない。


 車に乗り込み、エンジンをかける。ギアをバックに入れる。ルームミラーで後ろを確認しようとして、ドキン、と心臓が胸を打つ。

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