第69話

 ひんやりした空気がうなじを撫でた。私は思わず足を止めた。得体のしれない何かがいる……。後ろを首を無理やり前に向けて、逃げるように部屋にもどった。振り返ってはいけない。見なければ、知らなければ、ないのと同じなんだから……。


 充電コードに繋いだままのスマートフォンに赤いランプが点いていた。画面を覗くと、「南由、安心して。ストーカーをしていた潮田は、昨日亡くなったらしい」と書いてあった。


 内容が内容なだけに、スタンプは不謹慎だと思ったのか、必要事項だけを書いた文面だったけれど、「もう大丈夫」という紘くんの声が聞こえてくるような気がして、肩の力が抜けた。胸の前で両手を組んで、ほーっと息を吐く。「紘くん、大好き……」不思議に紘くんのメッセージを読んだだけで、ざわついていた心がいで行く。紘くんのメッセージの威力は絶大だ。


 そのせいなのかな? あれほど覗いてはいけないと自分をいさめたことを忘れて、冷たい風が流れ出してくる浴室の扉を、閉めようと思ってしまったのは……。


 ドアが開きっぱなしになっていた浴室では、換気扇が回りっぱなしになっている。すうすうと風が抜けていくのはきっとそのせい。

 私はさきほどあんなに怯えていたことなどなかったように、足軽く浴室に行った。ドアを閉めようと気軽に、銀色のレバーに手を伸ばす。


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