第166話

 「気にしないでください。幽霊話なんかしているときに、コップが割れたんです。そりゃ、誰だって怖くなりますよ」


 「ビビリでさ。ごめんよ」店長は丸い体を小さく縮めて謝る。


 「いいですって! 気にしていませんから」と言いながら、人のよさそうな店長とまたなんでもなく話せるようになってよかった、と思った。


 「あの、さ。蓑笠くんに言ってなかったことがあって」

 「なんですか?」


 「実はあのボール事件の後、しばらくの間お店閉めていたんだよ」


 「知っています。友達が、夜の安全地帯みたいだったのに、道が暗くなっちゃって怖い、と言っていたんですよ」


 「夜の安全地帯? あー。上手いこと言うね。この辺りは街灯も少なくて、道が暗いからねえ」


 と、嬉しそうに言ってから、喜んでいる場合じゃなかった、と気が付いたのか、すぐに顔を曇らせた。


 「実はさ、あのボールにあたった被害者の人。ええと、潮田さん? 憑かれていたみたいなんだよね」


 「え……?」


 潮田にてんけいと頭痛があったことは予想がついていたが、憑かれていたというのはどういう意味なんだろう? 

 店長はビニール袋をガサガサいわせて、ドライバーを中に入れながら言った。


 「たぶん、小さい女の子。一回だけ、一瞬、手を繋いでいるみたいに見えたことがあったんだ。だけどね、私も霊感がある訳じゃないから、見たのはそれっきりだったのよ。何かの錯覚かもしれないしさ。

 あの人わりと常連だったんだけど、だからって、憑いてますよ、なんて言えないじゃない? それにとにかく独り言が多くてね。お客さんにこんなこと言ったらいけないけど、気持ち悪かったんだよね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る