第128話

 「こうしてみると、むしろ、わらしべ部屋よねえ。ほら。一人目は栄転して、都内に転居。二人目は結婚して新居に移った。三人目は、ええっと。ほら、新築の分譲マンションの抽選が当たったのよ! 入居したときより、出ていくときの方が好転しているんだよ」


 「マンションの抽選? 家がもらえるんですか?」


 「いやいや、もらえる訳じゃないんだけどね。人気の物件だと、普通に買う場合でも、抽選になることがあるのよ」


 「ってことは、あの部屋で変なことがおきたのは」

 「天母南由さんだけってことになるわねえ」と気の毒そうに、老眼鏡の上からこちらを覗いてきた。事故物件ではないという言葉に嘘はないようだった。


 それでも、何かあるはずだ、という思いが捨てきれず食い下がる。


 「あの、さっき事故物件じゃないけど、って、言った後、なにか言いかけていましたよね?」


 「え? そうだったかなぁ?」女社長はわざとらしくとぼけた。


 「このまえの、これ」と目の前にメモ用紙を突きつける。「どういう意味なんですか?」


 饒舌じょうぜつだった女社長は、顔をひきつらせて黙り込んだ。そして汚いものを遠ざけるように、ベージュのマニキュアを塗った爪の先で、メモ帳を押し返してきた。


 「……ああ、これ、ね。気が付いたんだ」

 「わざわざ追いかけてきて、渡しに来たんだ。何か意味があるんですよね」

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