第119話

 「痛っ……」と、永里が小さく悲鳴を上げた。


 はっとして永里を見る。永里は頬を手で押さえていた。抑えた手のひらの下から、血が一滴、したたり落ちた。

 永里は、テーブルに出来た小さい血の丸い粒を見て、それから俺に助けを求めるような目を向けた。


 「血が……治ったと思っていたのに。傷が開いたの……?」


 レストランで、グラスが割れて切った傷のことだろうか? 確かに今日会った時には、頬に絆創膏も貼っていなかったし、傷跡もないように見えた。

 ぽた、ぽた、と血の粒が増えていき、粒と粒がくっついて、いびつな血だまりを作っていく。


 「なんでだ! 言うとおりにしただろ? 永里を選んだだろ? なんでなんだよ!」


 何もない空間に怒鳴る。どこかにいるはずだ。アイツが。潮田の上に乗っていた悪霊が。

 ところが、シャラ……という涼し気な音がし、聞こえてきたのは幼い少女の声だった。


 「うふふ! そっかあ。 おねがい、きいてくれたんだあ。でも、ソレはなんだか嫌な感じがするんだもん。あそぼう、こーた。そうだ! ゆうえんちに行きたいな。 ゆうえんちに連れて行って! 行ったこと、ないんだもん。いいなあ、行ってみたいなあ……」


 「誰だ……お前?」


 てんけいと同じ声、同じ口調……。ゾクリ、と背筋が寒くなる。

 部屋の中をくまなく見回すが、誰もいない。そして悪霊も見えない。立ち上がり、首を回して部屋中に向かって言うしかない。


 「言うとおりにしたんだから、もういいだろ!」

 「こ、紘大くん、どうしたの……?」


 永里が怯えた目で見上げている。永里にはこの声が聞こえないのか!

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