第105話
頭を抱えている腕に、永里がそっと触れた。最初はテーブルについた、ひじのあたり。そして手首までさすり上げて、親指を手のひらに忍び込ませた。ふっくりした親指と細長い爪が、手首から手のひらをこすり、息を吹きかけるようにさりげなく魅蕾を呼び冷ましていく。じわっと汗が手の平に汗がにじんで、永里の指がすべらずにひっかかった。
「言いましたよね。私も聞いているんです。てんけい」
「てんけい」
「そうです、てんけい。逆らえないと、思いませんか? それに……、私、紘大君が」
「まっ……! 言わないでくれっ」
もしその先を聞いてしまったら、南由が。南由を。あの部屋に置き去りにしなければならなくなる。
「はい。言いません。でも……もし『てんけい』に逆らったら、私も紘大くんも、潮田さんみたいになっちゃう……。だから」
うつむいた頭を持ち上げると、うすく唇を開けた、永里の顔があった。目が合った瞬間、永里の赤く濡れた舌がチロリと唇を這う。そしてずっと握っていた永里の手が、ゆっくりと離れていく、と思った瞬間、反射的に永里の手を奪うようにしっかりと握り直し、引き寄せずにはいられなかった。
耳元では、シャラシャラシャラとあの音だけが、世界から俺を遮断するように、頭の中で鳴り響いている。頭はもう痛くない。
そうだ、これでいいんだ。こうすれば、少なくとも永里は守れるんだ、と思った……。
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