第64話

 思い余って、潮田の腕を掴む。ストーカー犯だと確信した今、潮田を助けたい気持ちはみじんもなかったが、空中を見つめる潮田の視線が怖かった。


 潮田は俺の背後に目をやると、痛みが起こった時と同じように、唐突に動きを止めた。それからわずかに首を傾げ、耳をすませるようにしていたが、やがてゆっくりと俺の顔に目を移し睨みつけてきた。


 「そうか、お前のせいか。お前のせいで南由ちゃんは」とブツブツ言い始めた。気味が悪くなり、潮田の腕を離したが、反対に潮田がすごい力で俺の腕を掴んできた。


 「離せよっ」引きはがそうと引っ張ったが、外れない。


 そこへ「潮田さーん、どうしましたか?」と、看護師さんが明るい声をかけながら、病室に入ってきた。潮田の体から力が抜け、俺の腕をパッと離した。


 「いえ、なんでも」と潮田はもごもごと口の中で言い訳をする。


 潮田の目も、正気を取り戻したように見える。助かった。まさに白衣の天使だ。

 看護師さんは点滴が外れているのを目にとめると、わずかに眉間に力を入れて、首を傾げた。


 「あら。点滴、外れちゃいましたねー」と点滴をチェックする。


 その間、潮田は何も言わず、黙って手を差し出している。先ほどまでの苦しみよう、異様な行動は消え失せているのがかえって不気味だ。むしろ異常な行動のままでいて、それは病気のせいだと看護師さんに説明されれば安心できたのに。

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