第63話

 その時、シャラン、と涼し気な音が病室に響いた。どこから、と皆が病室をなんとなく見回したときだった。


 「……ああっ、痛えっ……」


 潮田が急に苦しみだした。驚いてつかんでいたパジャマから手を離す。潮田は眼球が飛び出すほど目を見開き、頭を手で押さえて激しく振る。


 「おい、だ、大丈夫か? 看護婦さんを呼んでくるから」と慌てて三浦が病室を飛び出していった。


 しかし、もしかしたら三浦は、潮田の異様な態度に怯えて、逃げ出したかったのかもしれない。永里は口元にげんこつを当てて、体を震わせている。永里を背中に庇い、視界を遮って、潮田が見えないようにした。潮田の異様な姿は見せない方がいい。


 潮田が苦しんで動くたび、ベッドがギシギシ、と音を立てる。潮田が頭を抱えたまま、ビクン、ビクンと体を痙攣させる。


 「あっ!」


 ピン、と点滴のチューブが引っ張られ、声を上げてとっさに手を伸ばした。しかし間に合わず点滴が外れた。腕から血がにじみ出て、潮田がうごめくたび、シーツを赤く汚していく。


 そして潮田が頭から手を放し、突然振り回しだした。


 「やめろ、来るな! 来るな! 来ないでくれっ」


 そして逃げるように、ベッド柵に体を押し付け、空中を手でかいた。


 「しっかりしろ、潮田っ! 誰もいないだろ?!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る