第95話

 「いいえ! もう間に合わないんです」


 永里は青白い顔で静かに微笑んだ。


「指示が聞こえるからです。言うことをきかないと、たぶん私も……。もしかしたら、言うとおりにしても……。だから調べるのは、もう南由のためだけじゃなくて、自分のためでもあるんです。

 南由、潮田さん、私、もしかしたら、いいえ、多分、南由の前から始まっていた、そんな気がして……だから、連鎖を断ち切る糸口を見つけたいんです」


 永里は怨霊に殺される、という言葉を避けた。その気持ちはよくわかる。言葉にすると、事実として決定してしまうような、そんな気がするからだ。


 二人で会った翌日、永里は九枝不動産に電話をかけ、訪問日の予約を取り付けたのだと言う。

 そして「来週の土曜日、予約が取れたので、一緒に行ってください」と頼んできたのだ。断り切れずに二人で九枝不動産に来てしまったが、果たして、永里を連れてきてよかったのだろうか?


 (っていうか。俺が連れてこられたのか)


 永里の行動力にはいつも驚かされるな、と、くすりと場違いな笑いがもれた。


 「なに笑っているんですか、紘大さん。 さあ、入りますよ!」


 文字通り永里に腕をひっぱられて、九枝不動産の店内に入った。手近なスツールに腰かけて店員が前に来るのを待つ。永里も一人暮らしだが、今は家を探しているという訳でもないのだから、スツールの上で落ち着かない様子で、お尻を動かしている。


 「いらっしゃいませ。あれ……君たちは」


 ひょろりとした長身の男性がカウンターを挟んで向こう側に座った。


 「通夜の時に会ったよね。へえ、付き合ってたんだ。結婚でもするの?」と人当たりのいい笑顔で俺と永里を交互に見ながら、タブレットを起動する。


 タタッと画面をタップし、小綺麗なマンションを画面に出すと、手早く画面をまわし、こちらに向けた。

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