第172話

 このエレベーターには、南由とも一緒に何度も乗った。

 カクン、と揺れた後、エレベーターの上昇で、体が軽くひっぱられる懐かしい感じ。甘い思い出がよみがえってきた。防犯カメラの真下の死角に引っ張り込んで、キスをした。照れる南由が、可愛かったっけ……。


 胸が痛い。南由にあんな嫉妬に狂った顔をさせたのは、俺だ。南由が永里を傷つけたのも、元をたどれば俺が南由を傷つけたからだ。つまり俺のせいなんだ。


 南由のスマートフォンを壊したら、南由は成仏してしまうんだろうな。本当にもう、会えなくなるんだ……。


 「なんで……、涙が……。 南由……」


 頬に手をやると、気付かないうちに涙がつたっていた。

 南由を、愛してた。

 悪霊となった姿を見て恐怖を感じているのに、永里を好きなはずなのに、南由への思いが消えていないことを思い知った。今も、愛してる。

 俺の南由への思いが、南由をこの世に縛っているのかもしれない、とも思う。だけど、亡くなった人を思い、また会いたいと願うことは、……それはそんなにも罪なんだろうか?


 エレベーターの壁にこぶしをあてて、声をたてずに泣く。落ちた涙は、ぱたっと小さな音を立てて、灰色の床に染みをつける。


 --いいなあ、なゆ、ちょうだい。ほしいなあ…――


 たまの声が頭に響く。


 「くそっ」


 バンッとこぶしをドアに叩き付けた。


 どうするつもりだ、と自問する。南由も永里も救いたい。だけどもしも……一人しか救えないのなら。


 永里のことは、ここに来る前、三浦に電話して、一緒にいてやってくれと頼んでおいた。三浦は永里が怪我をしたことを話すと、とても心配していた。なぜお前が一緒にいてやらないんだと怒っていたが、どうしても明日の仕事は抜けられないんだと嘘をついた。


きっと今頃、三浦は永里の病院に向かっているはずだ。だから永里は大丈夫だ。

 息を吸って、吐く。正しいことをしたんだと頭では思うのに、生きている永里への未練が胸を焼いた。


 南由の部屋の鍵を開ける。スチール製のドアがやけに重たく感じる。


 「南由、いるのか?」


 いつものように声をかける。


 「紘くん」


 部屋に座っていた南由が振り返った。


 「まだ寝てなかったのか?」

 「うん。紘くんが来てくれる気がしたから、待ってた」と笑顔になる。「ずっと来てくれないから、寂しかったよ」


 「ごめん……」

 「来てくれたから、許す!」


 暗い顔で責めてくれればいいのに、南由は嬉しそうに笑う。


 「本当に、ごめん」

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