第6話
遅刻だな、と思った。思っただけで、特に反省はないのが我ながら怠惰だと思うが、それも仕方ない。
オレの職場は、自宅から歩いて五分の勤務先は祖父の代から続く、家族経営のこじんまりとした不動産屋だ。父はもう亡くなっているため、遅刻を咎めるのは母親しかいないのだから、気楽なものだ。オレの性格は環境のせい、ってやつだ。
壁に掛けられた大きなデジタル時計は、十時十九分、気温は29度、湿度70%を示している。まだ五月だというのに、どうりで朝から蒸し暑いはずだ。
羽織っていたベージュのジャケットをカウンターの上に放り出した。黒いVネックの長袖Tシャツから伸びている、ひょろりとした腕を見て、少し痩せたかもしれない、と思う。最近、寝不足がたたって、頭痛がすることがある。そのせいで食欲が落ちているのだろう。軽く頭を振って眠気を追いやる。
「なあ、コレ、使ってもいいだろ?」とわざと気軽な感じで、母親に声をかけた。そして本棚の隅に隠すように突っ込まれている細長い木の箱を手に取って、カウンターにポンと置く。
しかしカウンターの内側に座り、新聞を広げて読んでいた母親は、ちら、と目を上げて細長い木箱を
「ダメだよ。それは気味が悪い。早く元の所に戻して。さあさあ、もう開店の時間は過ぎているだろう。のぼりを外に出して」と、ドアの横に置かれている旗を指さした。
プラスチックの棒が刺さっている長方形の布地には、鳩が描かれている赤丸のマークの下に「良物件多数あります! 誠心誠意がモットーの
「まあ、確かに偶然にしては……色々あったからな。仕方ないか」とブツブツと愚痴をこぼしつつ、母親の取り付く島もない態度に、説得を諦めてのぼりを取りに行きかけた。
しかし窓ガラスからの光が目を刺し、まぶしさに目がくらんで足を止めた。大きなガラス窓から陽が射し込んできているのだ。
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