第113話

 「返礼品だから、美味しいお肉だと思うよ。焼き加減はどうする?」と嬉しそうに言う。


 俺の希望通りレア気味に仕上げたステーキは、旨い肉だった。ステーキナイフを軽くあてただけで、刃が肉に吸い込まれるように切れていくほど柔らかい。そう言うと、永里はちょっと得意げな顔になって、「このナイフがよく切れるっていうのもあると思うけど」とナイフを持ち上げて見せた。赤い肉汁がナイフの刃をついっと伝って皿に落ちた。


 「永里の肌はステーキより柔らかいから、間違えないように気を付けないと」と永里の腕に触れると、照れてうつむいた。唇を軽く噛んでいる。南由と比べたらはっきりとしたタイプなのに、腕を触られた程度で恥ずかしがる永里の表情にドキッとする。つかんだ永里の腕を引き寄せ、唇を食べた……。


 翌日は日曜日で、二人とも仕事は休みだった。そのまま永里の部屋に泊まるのは自然な流れだった。

 夜中に喉が渇いて目を覚ました。首を回して隣を見ると、寝ている永里の顔はすっかり安心しきっている。いつもよりも幼くて、守りたくなる。


 南由をなんとかしなければ、と思う。暗い部屋で、閉じこもっている南由には、もう愛情を感じていないことに気が付いてしまい、今さら胸が痛む。確かに南由に悪いと思う。


 だけど……仕方ないじゃないか? 心変わりすることなんて、いくらだってある。 まして南由は……。

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