第112話
喫茶店を出た後、熱に浮かされたように永里の部屋になだれ込み、結ばれたのだった。その時は、南由に申し訳ないという気持ちは、まったく浮かばなかった。溺れるように、永里の肌に囚われた。永里に自分の証を刻みながら、曖昧だった思いはくっきりとした形を取っていく。つまり……、今、好きなのは南由じゃなく永里なのだと。
シャワーを借りて浴室を出ると、肉の焼けるいい匂いがしていた。濡れた頭をゴシゴシタオルで擦っている俺を振り返って「ご飯、作っているから」と、ルームウェア姿の永里が言った。
キッチンの永里の後ろに立っていき、フライパンを覗き込む。
「あー、腹減ったあ」
肉の焼ける匂いに、胃がキューっと縮んだ。
そういえば、九枝不動産に行った後に立ち寄った喫茶店では、アイスコーヒーを飲んだだけで、何も食べていなかった。すでに時刻は二十一時を回っている。
「すごい、美味しそうな肉だね」
「でしょ? このまえ出た結婚式の引き出物、カタログギフトだったんだ。それで食べ物がいいなと思って」
「俺と食べようと思ってくれてたんだ?」
冗談のつもりだったが、ほんの少し、永里の肩に力が入った。俺は嬉しかったけれど、永里にしてみれば、気まずかったのかもしれない。まだ恋人同士でもないのに、一緒に食べる食材を選ぶのは、家に誘う前提だと思われたかもしれないと思って、永里は恥ずかしかったのだろう。
永里の返事を待たずに「嬉しい」と、後ろから抱きすくめると、永里がホッとしたように、体の力を抜いて肩越しに俺を振り返った。
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