第153話

 「どうだろうね? 南由と遊園地に来たことが、なかったかも。紘大君こそ、南由と一緒に行ったことないの?」


 「そういえば、なかったなあ……」


 南由と行ったのは映画館やショッピング、近場の観光スポットが多かった。そういえば、もっと乗り物よりもキャラクターがメインの遊園地に行きたいと言っていたかもしれない。


 「連れて行ってやりたかったな……」

 「うん。私も南由と来たかったな」


 南由の影が揺らいだ。波紋が広がっていくように、波打っている。


 「なゆ、かえっちゃだめ。いっしょにいて」とたまが言うと、ピタリ、と揺らぎが止まった。


 南由は先ほどとは別人のように穏やかな顔で、俺の手を握っている。こんなささいな会話で穏やかになれるほど、南由は寂しいのかもしれない。ひとりぼっちであの部屋にこもり、孤独を募らせている南由がいじらしくなってくる。


 永里の頬の傷、治してくれないかな、と思う。傷つけることが出来るのなら、治すこともできるんじゃないだろうか。


 都合のいい未来図を思い描く。南由は人を傷つけることが出来るような人じゃなかった。俺が知っている誰よりもやさしかった。あの時は怨霊のせいで、おかしくなっていただけなんだ。だから南由がもとに戻ってくれればもしかしたら。


 また一段、階段を登る。下を見ると、行列がどんどん伸びている。今から並ぶ人は、もう三十分待つだけでは順番は回ってこないだろう。

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