第152話

 「あれ? 汗かいているね」


 永里が鞄からタオル地のハンカチを出し、笑って俺の顔に手を伸ばしてきた。思わずその手首をつかんで止めた。


 「だ、大丈夫。自分で拭けるから……。これ、貸りるな」と、そっと永里の手からハンカチを抜き取る。


 しかし鉄骨の階段を登るたび、嫌な予感もせり上がってくる。


 チキチキチキチキ…、ジェットコースターが頭の上のレールを登っていく音が聞こえてくる。


 たまを盗み見ると、目を輝かせ、キョロキョロとあちこちを見回している。俺の視線に気が付くと、見上げてにっこりと笑った。


 灰色の瞳は、あどけなく澄んでいて、幼児というよりも赤ちゃんのようだ。怨霊だと分かっていても、庇護ひご欲がうずく。


 「山の遊園地のジェットコースターはすごく怖いらしいな」と永里に話しかける。やっぱり、乗るのはやめると言ってくれないだろうか。


 しかし逆に「紘大くん、怖いの?」とからかうような視線を寄こしてきた。


 「そんな訳ないだろ」と思わず反論してしまったが、「怖い」と言えばよかった。


 そうすれば、ニワトリが羽根で指している「出口」と書いてある非常階段から列を抜けることが出来たかもしれないのに。ニワトリっていうことは、チキン。臆病者の出口はこちら、ってことか。そうとう恥ずかしいが、なりふりかまっている場合じゃない。


 「なあ、永里……」やっぱりジェットコースターに乗るのはやめよう、と言おうとしたが、永里は「怖くないよ。楽しいよ、きっと」と、目を輝かせて走っていくジェットコースターを眺めていた。とても「やめよう」とは言える雰囲気じゃない。


 「そういえば南由は、ジェットコースター平気だったのかな?」

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