第107話 1

 ぼんやりと窓辺のサンキャッチャーを眺めていた。落ちかかった日は赤くてくらい……。

 そんな残り火のような日差しが、ガラスの飾りに吸い込まれていくみたいだ。きっと、逢魔おうまが時というのは、今頃の時間を言うんだと思う。


 待っても、待っても、待っても、待っても、待っても、待っても、待っても、待っても、紘くんは来ない。


 だけど私には待つことしかできない。私は部屋を出ることができないんだもの……。

 どろり、と胸の中に、黒い沼地が広がっていく。


 「なゆ。爪を噛んじゃだめなのよ」

 「わかってるわよ」と私はつぶやく。


 わかっているけど、やめられないことだってあるのよ、と言いたいが、言っても仕方ない。こんなに小さい女の子なんだから。

 目の前にいるのは、いつもの灰色の瞳の女の子……。たぶん幻影か何かだ。

 女の子が何なのかわからないけれど、遊んであげると、とても喜ぶ。暇つぶしに遊んであげているうちに、可愛く思えてきた。私にしても、紘くんをひとりぼっちで待つしかやることがないんだから……。


 それに、最近恐ろしい幻覚を見るようになった。

 紘くんと永里が親しくしているのだ。仲がいいのはいい、だけど永里が紘くんに触れる……。紘くんが永里に……。


 嫉妬で頭の中が真っ赤に染まって、やめて! と叫ぶと、いつもの自分の部屋に居る。そして目の前にいる灰色の目の女の子を、抱きしめる。

 そうすると「おかーさん」が私の肩を抱くように回した手で、頭を撫でてくれる。


 「なゆ、私たちがいるよ。一緒にいよう? 家族になろうね。私たちの方が、なゆのこと、だいじにしてあげる」


 女の子の声が頭の中に響く。

 だけど……、私は紘くんも永里も大好きだから、うなずくことはできない……。

 

 家族にはなれないけれど、慰めてくれたお礼に、女の子のだらりとした前髪を切ってあげた。誰かの髪を切るなんて初めてだから、少しギザギザになってしまったけど、女の子はとても喜んだ。

 幻影なのに、髪が切れるなんて、とおかしくなって、私はちょっとだけ笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る