第66話

 女は背中で俺の気配を感じ取っている。俺が見ていることに気が付いているんだ。しかし顔を上げて、俺の方を見ることはしない。動かずにいて、早く去れとその背中で語ってくる。


 そう感じたのはただの思い込みかもしれないが、俺は黙って病室を出た。そしてブツブツと同じことを繰り返す潮田の声を閉じ込めるように、病室のドアをキッチリと閉めた。


 前を歩く二人には、女の怨霊のことを言えなかった。信じてもらえない、と思った訳じゃない。ただ、怨霊のことを誰にも言わなかったら、自分達は逃げられるんじゃないか……と、思ったんだ。

 そしてそれは、潮田を救えるかもしれない最後のチャンスを放棄することだと、心のどこかでわかっていながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る