第185話

 もうダメだ、と諦めた。これはもう、ダメなんだ、と本能が抵抗をやめてしまう。たまの崩れた黒い顔が目の前に迫る。


 その時、ぎい、と小さな音が聞こえた。


 「だあれ……?」


 たまが振りかえる。わずかにたまの手の力がゆるんだのか、頭の痛みがほんの少し軽くなった。きつく閉じていた瞼をそっと開ける。


 「三、浦……? なんで……」


 永里と一緒にいるはずじゃなかったのか?


 「紘大さーん。いますか? なんで来たんだなんて言わないでくださいよ。僕だって永里と一緒にいたかったのに、こっちに来てあげたんですから、感謝して欲しいくらいですよ。


病院に向かっている途中で、永里から電話がかかってきて、紘大さんはこのマンションにいるはずだから、そっちに行ってくれって泣きつかれて。永里の話は要領を得なくて、よく分からなかったんですけど、いったいなにがあったん……」


 三浦は矢継ぎ早にしゃべりながら玄関で靴を脱いで、上がってきた。そして部屋の入り口で、ピタリと足を止めた。


 「な、なんだよ、これ」と目を見開いた。

 「見える、のか?」と頭の痛みをこらえて聞く。


 三浦は黙って、たまを指さした。


 「コレ、は?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る