第192話

 モビールの飾りの中にいた、おびただしい数の顔。あれらはモビールが長い年月の間に飲み込んできた人間なのだ。死体も見つからないから、ただの失踪や事故として処理されてきたに違いなかった。


 九枝不動産を足がかりにして、何人も……。恨みを引き受けた、というのは、あのモビールをもらい受け、たまの望み通り、家族を増やし続ける手伝いをすること、つまり生贄を提供しつづけるということなのだ。


 九枝不動産の息子は、借金で首が回らないと聞く。息子がどうにもならなくなって、初めて母親の女社長も気味が悪いとモビールを遠ざけるようになったのだ。しかしあの息子はすでにモビールに憑りつかれているところをみると、もう遅かったようだが。


 息子はモビールを返せとうるさく言ってくるだろうが、社長はうまく言いくるめてくれるだろう。壊して捨ててくれと頼んだのは、社長の方なのだから。

 エレベーターに乗り込み、壁に背中をもたせかかり、深く息をつく。


 「まだ終わってない。南由……。俺が必ず、助けるからな」


 扉が閉まり、エレベーターがゆっくりと降下していった。

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