第六話 明けて翌朝
前回のあらすじ
未成年の飲酒、ダメ、ゼッタイ。
翌朝目を覚ますと、未来はすでに目を覚ましていた。
「あ、お、おはよう紙月」
「ん……おはよう、未来」
寝起きの悪い紙月とは異なり、未来はすっかりパッチリ目を覚まして、歯など磨いているくらいだった。
「……歯?」
「どうしたの?」
「歯ブラシなんてよくあったな」
時代設定どうなってんだと首を傾げた紙月に、未来はおかしそうに笑った。
「インベントリあさってみなよ。これゲームのアイテムだよ」
「アイテム……あー、《妖精の歯ブラシ》か!」
それはMMORPG、《エンズビル・オンライン》内において手に入れることのできたアイテムだった。
象牙でできた実に立派な歯ブラシなのだが、実は装備品で、これを装備した状態で敵を倒すと、《牙》や《歯》といったドロップ・アイテムが、店売りするより高額なゲーム内通貨として手に入るという特殊な効果があった。
何かのイベントの際に活躍するときがあって、持っていたままだったのだ。
桶に汲んだ水で顔を洗い、歯を磨き、いくらかさっぱりした紙月は、ふと思いついて着たまま寝てしまった装備を改めてみた。
「……皴にもなってないな」
「口紅も落ちてないね」
「え、あ、そういえばそうか。顔洗ったのにな」
しかしこの口紅は装備品だ。恐らくステータスメニューで操作することで解除できるのだろう。
他にも一通り見てみたが、寝ている間にしわが寄ったり、ほつれてしまったりというところは見られない。ゲーム内アイテム様さま、と言ったところか。
「にしても……」
気になってわきのあたりなどに鼻を寄せてみたが、体臭もしない。
先程身だしなみを確かめてみた時に気付いたが、髪も脂っぽくなったりしていない。顔を洗った時や歯を磨いた時も、そこまで汚れを感じなかった。
気になりだすと確かめずにはいられなくなって、紙月は未来を呼び寄せた。
「おーい未来」
「なにしづ、きっ!?」
「ちょっとごめん」
紙月は未来の頭に鼻先を突っ込み、それからひょいと抱き上げてわきのあたりにも鼻を突っ込んだ。
暴れることもせず、というよりは突然の暴挙に完全に硬直してしまった未来をそのままおろし、紙月は満足したようにうなずいた。
というのも、未来の体からはきちんと匂いがしたからであった。
髪の毛は少し脂が回っているし、体臭も、まだ一晩だから大したものではないが、子供っぽい匂いが確かにした。自分の体の体臭がごくごくわずかなことに比べるとこれは大きな違いだ。
「どうやらこの体はきちんと種族を再現してるみたいだな」
「うえ!? え!? なに!? いまのなに!?」
ようやく再起動して後ずさる未来を気にすることもなく、紙月は自論を展開していく。
「つまりさ、俺の体はハイエルフなんだけど、もともとエルフは新陳代謝が低いらしいんだよな。ハイエルフとなると半分精霊に片足突っ込んでるから、多分新陳代謝が全然ないんだ。だから垢もないし、匂いもしない」
これは便利だった。恐らくデメリットの再現も享受しなければならないだろうが、非力さなどは相方がいればどうとでもなる。
「で、獣人の場合は新陳代謝は普通みたいだな。特に獣臭いってこともない。でも普通に匂いはするし、多分しばらくすれば垢も目立ってくるだろ」
「あー……あー、そういうこと、ね。うん。そっか」
未来は何度か頷いて、それから気になるのか何度か自分の匂いを嗅いでいた。
「気になるなら洗ってやろうか?」
「えっ、あらっ!?」
「《
「え、あ、あー、うん、そう、そうかもね」
《
試しに実際にやってみたところ、未来の足元から頭まで水の柱のようなものが速やかに撫で上げていき、そして消えていった。
「結構あっさりしてんな……どうだ?」
「匂いが薄くなってる。それにお肌もつるつるだ」
「美肌効果もあるんじゃないだろうな」
ともあれ、これで旅の心配は一つ減った。
他にも使えるものがないか、インベントリをあさってみると、なかなか頼れそうなものがいくつか見つかった。例えば回復系アイテムは食料品の形を取っていることが多く、素材の多くも食べられそうなものばかりだ。またアイテムには野営に役立ちそうなものも多かった。
「ただ、換金できなさそうなのがつらいな」
「多分これ一個でもオーパーツだもんね」
昨日見た限りでは、少なくとも農村レベルではそこまで非常識なものの類はない。街や都市などに行けばもう少しはっきりしてくるのだろうけれど、現状では気安く経済を破壊してしまってよいとも思えない。
二人が整理もそこそこに起き出すと、とっくに起きて仕事についていた村長は畑で、奥さんが屑野菜のスープと硬いパンの朝食をふるまってくれた。昨夜とは大違いだが、恐らくこれが標準なのだろう。
紙月がもそもそと食欲もわかないまま食べている間に未来はペロリと平らげてしまったので、残りも譲った。
「いいの?」
「ハイエルフってあんまり食べないみたいなんだよ。昨日食べたせいか、全然食欲がない」
これは便利であると同時に、かなり悔しい話でもある。せっかくの異世界の料理が楽しめない可能性も出てきたのだ。まあ幸いにも獣人の相方はずいぶん食べそうだから、二人で分ければちょうどよいかもしれない。
簡単な朝食を済ませ、二人は村長とその奥方に礼を言って家を出た。
何をするでもなくぼんやりと村を見て回っていると、同じように暇そうなコメンツォと顔を合わせた。
「よう。昨日は随分と楽しい夜だったな」
「やあ、お陰様で」
「なに、なに、お陰様はこっちの言葉さ。随分盛り上げてもらった」
コメンツォはあぜ道に腰を下ろし、二人もまたそれに続いた。
「ここは俺の故郷でね。若い頃は二度と帰るもんかと思っていたが、年を食ってくると、どうしても足を運んじまうもんだ」
「そろそろ引退を考えてるんでしたっけ」
「そうだ。最後の一仕事のつもりだった。実際、気が抜けちまうと、もう一度冒険屋ってのは、ちと、つらい」
「村の仕事に?」
「まあ、そうだな。狩人でもいいし、用心棒みたいな形でもいい。幸い、村長とも仲がいい。小さな畑でも持って、な。まあ耕し終えるまでに、俺の腰も曲がっちまうかもしれんが」
この言葉を聞いて、紙月はふと思いついた。ずいぶんよくしてもらったし、礼をしたいと思っていたのである。
「家は決まってるんですか?」
「空き家が一軒ある。畑跡は随分土が固くなってるから、掘り起こすのが少し骨だがな」
それで決めた。
「俺の魔法の練習に付き合ってもらえませんか」
「なに?」
「畑を耕す魔法があるんですよ。礼と思って」
「頼めるなら、こちらから頼みたいが、いいのかね」
「もちろん」
素直に礼をしたいといっても、受け取ってもらえそうになかったからである。これはコメンツォも察したようで、ばつの悪そうににやっと笑って、それからこっちだと案内してくれた。
村はずれの空き家の傍には、確かにすっかり雑草にまみれて、荒れ地になった畑の跡がある。
「草を抜いて、耕して、呼吸させてやらにゃならん。草を焼き払ってもらうだけでも、助かるが」
「やってみましょう」
紙月はまず、
「おお、すごいな。こりゃあ確かに
「それからもういっちょ」
ショートカットリストを、土属性魔法のものに切り替える。
「《
《
効果は簡単で、地面から土の槍を突き出して、相手を足元から攻撃する。これだけだ。空を飛んでいる相手には届かないし、水場などでも使えない。低確率で敵を転倒させられるが、そのくらいのメリットなら、普通はもっと上等な魔法を覚える。
それを三十六連。
「お、おおっ!?」
するとどうなるかというと、焼き払われた畑跡の土が、おのずから一斉に地面をかき回しながら地中から突き出し、そして崩れていく。
「いまのじゃ浅いかもしんないから、もう一回」
もう三十六連。
同じように土がかき乱されるが、先程よりも柔らかくなっているからか、より深いところから土が掘り出され、立派な槍となって虚空を貫き、そして崩れる。
あとに残るのはすっかり柔らかく耕された畑である。
「あんた……すごい魔法使いなのかもしれんな」
「特別サービスってことで」
《
「参ったな。これじゃあしっかり畑仕事して、村に根付くしかないな」
「しっかり根付いてくれよ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
自分は助かったが、あんたたちはこれからどうするのかと尋ねられて、二人は顔を見合わせた。
目的という目的もなく、目標という目標もないのである。
強いて言うならば元の世界に帰ることだが、そのヒントが簡単にそこら辺に転がっているとも思えない。
なので素直にとくにあてもないと伝えると、コメンツォは少し待っていてくれと小屋に入り、少したってから封筒を手に戻ってきた。
「当てがないなら、あんたらの腕だ、冒険屋で食っていくのはどうだ」
「冒険屋?」
「何をしてもいいし、何をしなくてもいい。何か目的があるなら、それを探しながら冒険屋で食っていくってのはありだと思うぞ」
コメンツォが渡してくれた封筒は、推薦状だという。
「少し行った先にある町の冒険屋事務所に宛てたものだ。俺が抜けたばかりだから、雇ってくれると思うよ」
「なにからなにまですみません」
「なに、なかなか面白いものを随分見せてもらったからな」
「ありがとうございます」
「町までは少し、歩く。明日はうちから市へ向かうものがあるから、明日の朝、一緒に行くといい」
そうさせてもらうことになった。
用語解説
・《妖精の歯ブラシ》
ゲームアイテム。装備した状態で敵を倒すと、ドロップアイテムのうち《歯》や《牙》に該当するアイテムが店舗での販売額よりも高額のお金に変換されて手に入る。
『おや、歯が抜けたのかい。それなら枕の下に敷いてみるといい。翌朝には妖精がコインに換えてくれるから……おや、だからって抜いちゃダメだったら!』
・《
『《
・《
《
地面から土の槍を繰り出す魔法であって、地面を耕すのが目的ではない。
ただし、レベル九十九まで鍛えられた《
『足元からの攻撃というものは、どんな戦士にもある程度利くもんじゃ。褒めてやるからわしに悪戯を仕掛けた奴は名乗り出なさい。怒らんから』
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