第十一話 大炎上

前回のあらすじ


ピンクの地獄を耐え抜い未来を待っていたのは、また地獄であった。

伝統の衰退を嘆く声。

聖夜の孤独を悲しむ涙。

裏切られた心を慰めるのは、炎と刃。


「くたばれ冬至祭」


今回も未来と地獄に付き合ってもらう。






 どうやら、家族で新たな一年を迎える冬至祭ユーロが、いつの間にやら恋人たちの祭典になってしまったことを嘆くモテない連中が、イベント中止を訴えてこのような事件を起こしたようだった。

 それは、まあ、悲しいかもしれない。悔しいかもしれない。しかしいくらなんでもはた迷惑に過ぎた。

 前世でもクリスマス中止などというネタがネット上には出回ったものだが、さすがにそれらはジョークの類だった。クリスマスを過ごす恋人たちが妬ましかろうと恨めしかろうと、それで暴力に訴え出るようなことは、まああまりなかったと思われる。


 ところが帝国では、良くも悪くも暴力が身近なものだ。

 喧嘩ともなれば手が出る足が出るは普通のことで、子供だけでなく大人たちだって拳を振るうことがある。

 同じ人間同士だけでなく、害獣や魔獣など、人間の領域と重なるように棲息する生き物たちとは、暴力で争うことで棲み分けすることがもっぱらだ。

 暴力の溢れた世界で、特に冒険屋などというものは、暴力を売り物にした商売といってもいい。

 そんな連中が不満をためにためれば、いずれ暴力が爆発するのは当然の帰結かもしれない。


 とはいえ、だからといって放置するというわけにもいかない。

 いくら暴力が有り触れた社会だとは言え、暴力に訴えて人々を脅かすような行為は、はっきりと犯罪だ。法にも触れるし、領主もこれを黙って見過ごすことはないだろう。

 人々の安心のためにも、そして彼ら自身の身の安全のためにも、事態をどうにか収めなければならない。


 叫んでいるうちにますます自分で自分に燃料を投下していったのか、二人、いやいまや三人の冬至祭ユーロ中止過激派武装テロリストたちは、饒舌に彼らの理念を語り続けていった。人々は堕落しているとか、嘆かわしいとか、モテたいとか、古の奥ゆかしさ重点だとか、モテたいとか、モテたいとか、モテたいとか。


 未来にはまだちょっとわからないどす黒い怨念である。

 共感もできないし、かといって否定もできないし、どうしたものかと見守っているうちに、民衆に引きずり出されるように紙月がまろび出た。


「あ、紙月」

「おう、未来か。なんだこれ? なんだって?」

冬至祭ユーロ中止しろって」

「あー、クリスマス中止的な?」

「そうそう、それ」

「地獄だなあ」

「地獄だね」


 醜い、と言い切ってしまうとあまりにも悲しいが、他にたとえようもなく醜く悲しい叫び声が広場に響き続ける。

 関わり合いになりたくないし、どこか知らないところでそっと燃え尽きて果ててくれないかなとも思う二人だったが、そうもいかない。

 彼らは燃え尽きるどころか一層激しく燃え上がっているし、周囲からの何とかしてくれという期待の目の圧力がすごい。これも有名税という奴だろうか。名を売り過ぎると、こういう時に便利に使われてしまう。


 別に依頼を請けたわけでもないので二人には何の責任もないのだが、もちろんそんな言葉は無力だ。

 仮に二人が知らないよーんと踵を返したら、冬至祭ユーロ中止過激派武装テロリストたちの暴力とは関わらずに済むだろう。だがその代わりに、今度は期待を裏切ったという民衆からの言葉の暴力がわっと浴びせかけられるわけだ。

 そしてそれを切り抜けたとしても、今後の生活に常にその形なき暴力は付きまとうことだろう。

 麗しきは隣人愛という奴だ。


 紙月としてはそれならそれでヤサを変えても一向にかまわないというぐらいにこだわりがないのだが、せっかく馴染んできたところなのだ。未来も友達ができたことだし、引き離すのも忍びない。

 心底面倒くさく思いながらも、紙月は仕方ないと諦めた。人生とは、諦めだ。


 武器を持っていないことを示すように軽く両手を肩の位置にあげ、テロリスト共に歩み寄る。

 ネゴシエーションの経験はないが、人生経験さえ半分程度しかない未来に任せるよりは、よほどにましだろう。


「よう、よう、落ち着け。まずは落ち着いて話し合おうぜ」

「うるせえッ!」

「そうだうるせえッ!」

「うるさいぞッ!」

「三人がかりで返してくるな、話が進まねえ。お前らにも主張があるんだ。まずは話そう。話せばわかる、かもしれん」

「うるせえッ! モテる奴は敵だッ!」

「別に俺はモテてないけど」

「顔がいい奴はこれだからッ!」

「存在が破廉恥ッ!」

「性癖の破壊者ッ!」

「どういう文句だそりゃ」


 紙月としては本心から、自分はモテていないしモテたこともないと思っているのだが、それは極めてまっとうに、当然のように当然のごとく、盛大に火に油を注いでふいごで吹いて燃え上がらせただけだった。

 森の魔女というブランド・ネームがあり、ハイエルフという種族の特性か顔が良く、気さくで愛想も良く、見た目の割に庶民的で話しやすく、面倒も起こさず金払いもいい。これが良物件でなくて何だというのか。

 女装しているということを知らない男にもモテるし、女だと思っている女にもなんだかモテるし、女装だと気づいた女もなぜかもてはやすし、女装でもいいやという男たちにも人気。優しくするのでお年寄りにもよく思われるし、目線を合わせて屈んでくれるので子供たちも懐く。

 本人は、そんなことはうわべだけのことで、自分自身を見ているわけではないなどとこじれた中二病みたいな思いをいまだに患っているが、人間関係などというものはおおむねそんなものである。


 大人たちでさえ心を揺さぶられるのだから、純真な子供などたまったものではない。

 この町の子供たちは、転んでひざすりむいて、よしよし痛くないと頭を撫でられながら森の魔女に《回復ヒール》をかけてもらったり、ほろ酔い気分のほんのり赤らんだ微笑みと共に手を振られたり、公衆浴場でしっとり色づく肌を直視したりと、何かと性癖を破壊される機会が多いのである。


 口さがないものに「させない淫魔」などと呼ばれていることを勿論本人は知らない。


 また、並んで立つ未来もまた、別のベクトルで、モテると言えばモテる。

 鎧姿が何しろ立派であるから、これに憧れるものは多い。細面の優男もそれはモテるが、力強いものが魅力的なご時世である。それに様々な種類の全身鎧を持っているというのは、財力や権力も想像させる。

 それでいて話しかければ初心なもので、まごまごとする態度がなんだか可愛いということで、これもまた受けがいい。


 鎧を脱いだ姿を知るものは、なんだ張りぼてかとも思う。しかしまだ成人もしていない子供が、健気に頑張っている姿というものは嫌う方が難しい。何事にも素直で礼儀正しく、年の割にしっかりとしているが、はにかんだように笑ったり照れたりする姿は年相応で、何とも庇護欲を誘う。

 それでいて力の強さは全く鎧から想像するものと遜色なく、困った老人の荷物をもってやったり、車軸の折れた馬車を支えてやったりと、その方向でも頼りになる。

 なにより、屋台でたっぷりと餌付けされて、まくまくと大きく頬張って、唇をてらてらと汚しながら食事を楽しむ姿は、ご近所の眼福である。


 こういう、人気のある二人が、話せばわかるなどと切り出したところで、話がかみ合わねえんだよとなるのは、ある種必然であったかもしれない。


「ねえ紙月、こういう人たちだからモテないんじゃないのかな」

「正論は止めてやれ。奴らには刺さる」


 その上、思わず素直なお気持ちをこぼしてしまえば、炎上どころか延焼待ったなしである。


「ク! ソ! がッ!」

「顔も良くて金もあって実力もあるやつは敵だッ!」

「せめて一個にしろ一個にッ!」


 彼らの叫びは、所詮持てないもののひがみといえばそれまでかもしれない。

 しかし、負の感情を爆発させたのがたまたま彼らだったというだけで、ため込んでいる者は潜在的に多くいた。そうした者たちにとって、この叫びは共感を誘うものであった。

 普段であれば、心に思いはしても、仕方ないもの、そういうものだと諦めたかもしれない。大人としての抑制が、我慢を強いたかもしれない。


「そ、そうだーッ!」

「おっ、俺もだッ! 俺も許せんぞーッ!」


 だが目の前に既に爆発大炎上して飛び火しつつある前例があるとなると、そのも緩んだ。


「モテる奴にしか人権はないのかーッ!」

「恋人がいなければ人ではないのかーッ!」

冬至祭ユーロに独りだったらかわいそうって言うのやめろーッ!」

「おじさんミライくんのせいで、こんな、こんな子供になあ……ッ!」

「仕事してるやつを蔑むなーッ!」

「森の魔女に彼女がオトされてるんですけどーッ!」

「彼氏が森の魔女に夢中なんだけどーッ!」

「心無い宣伝をやめろーッ! 冬至祭ユーロは家族で過ごせーッ!」


 男も女もその他も、老いも若きも、種族の別もなく、人々の輪の中から賛同者たちがまろびてては加わっていく。どよめく人々の間をすり抜けて、独り身の夜に悲しむ者たちが声を上げては集ってくる。


冬至祭ユーロ中止! 独り者に人権を!』

冬至祭ユーロ中止! 独り者に人権を!』

冬至祭ユーロ中止! 独り者に人権を!』


 やがてたった二人から始まった冬至祭ユーロ中止過激派武装テロリストは、数十人を超す大所帯となり、シュプレヒコールが繰り返された。

 地獄が、顕現していた。






用語解説


・存在が破廉恥/性癖の破壊者/させない淫魔

 後の歴史家に寄ると、当時この手の文言は市井によく語られていたらしい。

 森の魔女伝説が人口に膾炙していただけでなく、程よく貶められて卑俗化し、身近な存在として親しまれていたと研究者は語る。

 あまりにも荒唐無稽な逸話が多く、その実在に関して疑問視するものも多いが、伝説はともかくとしてその名で呼ばれる人物がいただろうことは、各地に残る似たような異名から想像される。

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