第十二話 奇祭
前回のあらすじ
燃え上がり、燃え広がる地獄。
誰が悪いというわけでもないのだが、全体的に頭が悪い。
クソっ、なんて時代だ。
広場は混沌の様相を見せ始めていた。
幸いにも、いまだに暴力によるけが人は出ておらず、
熱狂の果てにあるのは、目的も見失った暴動だ。そこに理性や理屈を求めることは難しい。
独り者たちが集まって、
これがジョークならば、毎年のように見られるクリスマス中止の文言と同じく笑って流せるような話だったが、なにしろそんな諧謔のはさまない、全く本気の抗議活動である。武器まで持ち出しているのだからすっかり暴動である。
最初こそ、精々何か騒いでいる奴らがいるなという程度の見物客たちだったが、今やどよめきと困惑の中でこの暴動を見守るようになっていた。暴動は恐ろしいことだが、目を離した方がもっと怖い。そこにいくらかの野次馬根性と、潜在的な「もっとやれ」という賛同がからめば、人々がこの場を離れることは出来はしまい。
これだけの騒ぎになってしまえば、遠からず衛兵が呼ばれるだろう。
そうなればせっかくのイベントも台無しだ。
普段のこまごまとした面倒ことならば冒険屋に頼めば済むから、衛兵というものの存在感は薄いかもしれない。だが彼らは専業的な武装暴力だ。暴力も振るう、暴力も辞さないという冒険屋とは違う。暴力を前提に治安を守るのが彼らの仕事だ。
多くの冒険屋が独学で、または精々知り合いの間で技術を交換する程度である中、衛兵たちはきちんとした訓練を受けて、人間を叩きのめす技術を叩き込まれたプロだ。
実戦の中にいる冒険屋の方が強いというのは素人考えで、研ぎ澄まされた暴力の技術を、毎日の訓練で向上させ、維持し続けている衛兵という存在は、単純に人対人の戦闘ではまず負けることがない。
よほどの腕前であれば衛兵に勝てるかもしれないが、その衛兵は基本的に数人がかりなので、ひとりに勝てようが残りに押しつぶされて勝ち目はない。
そうなってしまえば、終わりだ。
衛兵が出てくれば片が付いてしまう。
それは事態が収まるということだけでなく、これだけの数の人間が打ちのめされ、牢にぶち込まれるということである。さすがにそれはどうにも、後味がよろしくない。禍根も残すだろう。
「やれやれ。なんつーかね。今日の俺は、人の気持ちを知る努力をしようって、いい感じの話だったんだがなあ」
前面からの中止派の罵倒の矢面に立ち、周囲からは何とかしてくれと言う視線の圧力を受け、紙月はため息をついた。
気持ちはわからないでもないことも無きにしも非ず、まあそこまでわからないけど言いたいことはわかる、ような気がしないでもなくもない。
なんとなく、こう、そういう空気というか雰囲気というかアトモスフィア的なものが、ざっくりと、おおまかには。
「それわかってないやつだよね」
「まあ、正直よくわからん。家族でお祝いして、友達とパーティして、酒飲んで床で雑魚寝するのが最後のクリスマスだったしなあ」
「紙月ってなんだかんだパリピで陽キャだよね」
「お前の口からそんなワードが出てくることに俺はびっくりだよ」
むしろ未来の方が理解度は高いかもしれなかった。
恋人がどうのというのはまだいまいちわからないところのある概念だったが、他人の迷惑を顧みずにはしゃいで騒ぐ人種にイラっとするのは確かだった。
自分の家のクリスマス事情に不満を抱いたことなどないのだが、それはそれとして、友達を呼んでクリスマス・パーティを楽しんだとか、プレゼント交換をしたらこんなのをもらったとか、寂しがり屋だからクリスマスに独りなんて耐えられないとか、子供ならではの容赦のないマウンティングに苛立たせられてきたのも事実だった。
孤独に耐えてるんじゃなくて、独りを満喫してるんですがなにか、というのは、強がりでも何でもなく未来の腹の底からの本心だったのだが、なぜだか世間はそれを憐れんでかわいそうな子扱いするのだった。
「正直僕、クリスマスは《エンズビル・オンライン》のイベントアイテム稼ぐのに必死だったし」
「え。当日ログインしてたのか?」
「紙月のそういうとこさあ、ほんと紙月そういうところがさあ」
「え、なんだ。なんかすまん」
怒るようなことではないのだが、割とデリカシーないなとは思う未来だった。
まあ、シュプレヒコールをガン無視した上でお喋りなどに興じているこの二人こそ、
そのあまりにもあんまりな放置プレイにいよいよもって暴動が爆発しそうになる前に、未来が一歩前に出た。ほんのわずかな一歩であったが、どよめきがはしる。シュプレヒコールがいくらかトーンを落とし、主に冒険屋らしい連中が警戒するように身構える。
インベントリから引き出された、傍目には虚空から生まれたように見える盾が構えられた時には、無責任な野次馬たちも固唾をのんで見守り始めた。
とは言え、まだ侮りがあった。
盾の騎士といえばその伝説も名高いが、要は護りに長けた、というよりは護り一辺倒であろうと彼らは考えていた。地竜の
なので彼らはあくまで身構えるだけで、その場を動こうとはしなかった。
それが、丁度よかった。
「動かないでいてくれるのが丁度いい――《ラウンド・シールド・オブ・サラマンダー》!」
未来の掲げる炎熱属性の
だがその炎の壁はいま、周囲を取り巻く野次馬たちの前を滑るように走り、ツリーを中心とした円を描いていた。
当然その内側に、
「なっ!?」
「これは!?」
慌てて逃げ出そうとするも、燃え盛る炎の壁は凄まじい熱量であり、いくら憎しみを募らせた復讐の徒とは言え、これにはたたらを踏んだ。
身を護るための盾としてではなく、敵を逃がさないようにするための結界。以前に害獣を一網打尽にするために用いた手法であった。
純粋な
ではどうするかといえば、同じく炎の壁の内側にいる、術者である未来をどうにかすれば、と勿論彼らは考えた。考えたが、いかにも魔術の品といった大盾を構える姿に攻めあぐねた。
そのためらいが、やはり彼らの覚悟のなさの表れでもあった。
「まあ、町中でぶっ放すわけにもいかんし、
盾の騎士の巨体の後ろから、ひょっこりと顔を出す魔女の姿は、なんというか、いかにも弱そうではある。少なくとも、力強い戦士や、恐ろしい魔法使いといったものではない。細く、柔らかく、たおやかでさえある。
だがゆるりと持ち上げられたその細指に、
ほとんど地味といっていいほど物静かな盾の騎士と違い、森の魔女は街中でも気軽に魔術を用いる。勿論人を害するようなものはまず用いないが、それでも、魔術というものを知るものからすれば有り得ないほどに気軽に魔術を振るう。
その指先が軽く振るわれるだけで、風が吹き、炎が生まれ、光が焼き、金属の刃が切り裂く。
人々に見せるのは、生活の役に立つようなこまごまとした使い方ばかりだったが、しかしいい加減な噂話だけでなく、事実としてこの魔女は地竜を葬り去った実績がある。
その指先が自分たちに向けられるということの意味を、彼らはこの時初めて知った。
悲鳴を上げるもの。とにかく身を隠そうとするもの。暴れ出すもの。一矢報いようと構えるもの。だがどんな騒動も、盾の騎士という一線を越えることはできない。
待て。落ち着け。話せばわかる。
先程否定したはずの文言が吐き出されるに至って、いよいよ魔女は笑った。
「まるで俺たちの方が悪役みたいだな」
「正義の味方の笑い方じゃないよ、それ」
「おっと、本性が」
「ちょっと」
「まあ、弱い者いじめは趣味じゃないんで、ちゃっと終わらせちまおう」
ぱちん、とその指が鳴らされると、巨大な魔法陣が空に広がった。
「《
そして、続く魔法に、目を見開いて、文字通り
中天に輝く日輪を覆い隠して、
色濃く影を落として、
つやつやと赤い赤色。非現実的なまでの存在感。距離感を見失うようなサイズ。
わからなかったが、呆然としながらも当然の理屈だけは察せられた。
広場のツリーよりも巨大な、それこそ建造物と比較した方がよさそうな巨体が空に現れたのならば、それは当たり前のように、
「に、逃げ――」
「そーら、《
巨人が振るうように巨大な、真っ赤な原色の
あまりにも現実感に乏しい光景は、しかし容赦なく現実を侵食して、破壊した。
人々が悲鳴を上げて逃げ惑う暇もなく、ハンマーは滑らかに地上に落下する。
もうもうと立ち込めた土煙がゆっくりと風に現れ、どこからか現れたひよこたちがどこかへと消えていき、現れたとき同様に忽然とハンマーが姿を消した。未来の《
残されたのはつぶれてひしゃげた挽肉――などではなく、意識を失ってばたばたと倒れ込んだデモ隊たちであった。
これはそういう《
「まあ、実際どうなるのかは知らんかったけど」
「紙月?」
とにもかくにも、けが人も出さずに無事全員を黙らせられたのだ。
とはいえ、気絶状態はそう長くは続かないだろう。時間経過で自然に目が覚めるし、叩く程度の刺激でも起きてしまう、そういう状態異常なのだ。ゲームの通りであれば。
ふん縛って衛兵が来るのを待ってもいいが、と紙月は少し考えた。
逮捕するというのが正規のやり方であるようにも思うが、しかし逮捕されたって彼らの不満は収まらないだろう。馬鹿なことをしたと思うものもいるかもしれないが、むしろ弾圧されたと受け取って反発し、また同じことを繰り返すかもしれない。それも今度はもっと周到に、もっと過激に。
そうなれば今度こそ衛兵は容赦しないだろうし、牢に入れて反省させるなどという生ぬるい罰では済まないだろう。一度関わってしまうと、どうにもそのような後味の悪い展開は受け入れがたかった。
「みたいなこと考えとるんじゃろ」
「うえっ、どっから沸いた」
「面白そうじゃから見物しとってな。まあ、任しとけい」
からからと笑って現れたのは、スプロの町の前領主である、アルビトロ翁であった。
武術に秀で、引退後も矍鑠として元気なこの爺さんは、酒と祭を愛し、イベントには必ず顔を出しているのだった。
面倒な人間ではあるが、しかし長年領主などという仕事をこなしてきただけあって、面倒ごとの対処は、慣れている。それも人情に沿った裁きをするので、民衆にも人気があった。
おっとり刀で駆けつけてきた衛兵たちに、有無を言わさずあれこれ言い含めると、まず気絶した
目を覚ました面々も、衛兵に囲まれているとなるとさすがに青くなった。逃げ出そう暴れ出そうとする者も、すぐに取り押さえられた。
こうして全員が目を覚ますと、アルビトロ翁はピンと背筋を伸ばして、よく通る声を腹から出した。
「わしは暇を持て余してる隠居のじじいだがね」
お前のようなご隠居がいるか、というのは一同揃っての思いだったが、むろんじい様は気にもとめない。
「
万人が幸福になるのは難しいかもしれんが、少しでも楽しめるようにとやっていかにゃあならん」
翁はぐるりを見渡して、暴れた面々だけでなく、それを見ていた見物客たちにも広く聞こえるよう、一層声を張り上げた。
「わしもいい年ながら、貰うばかり貰って、
どうじゃろうか。今年はわしがアヴォ・フロストを気取って、ひとつ新しい祝い方を広めようと思う。今日この場にいるものは、率先してそのやり方で祝って回って、ここにおらんものにも広く触れ回ってほしい」
そうしてアルビトロが祝福の内容をざっくりとまとめて伝えると、人々はしばらくの間お互いを見合っていたが、
なにしろ祭り好きの領主が治めていた町だから、祭り嫌いということはないのである。
人々は一斉に色めき立ち、足元にうっすら積もった雪を拾い上げ、そこらの店先のリースや飾りを抱え上げ、酒瓶をみんなで回し合って栓を開け始めた。
そして、まずは誰を祝福しようと一人が叫んだ。決まっているとまた一人が返した。
視線がずずずいっと集まるのを感じて、《
つまり、待て、落ち着け、話せばわかる。
だが時すでに遅し。
全方向から雪が、リース飾りが、そして酒が降り注ぎ、あっという間に二人はびしょぬれになり、そしてやり返しているうちに広場中にその混沌は広がっていった。
「おしあわせに!」
「おら食らえ! 祝福を!」
「やったな!
「そら、祝ってやるぜ!」
つまりそれが新しい祝福だった。
雪をぶっかける。リース飾りを投げつける。酒をぶっかける。ただし怪我はさせないように。
やっかみもねたみも、なにもかも祝いの言葉に詰め込んで、盛大に発散させようというのだった。
用語解説
・《ラウンドシールド・オブ・サラマンダー》
《
自身を中心に円状の範囲内の味方全体に効果は及ぶが、使用中は身動きが取れず、また常に《
『これより先に踏み入るものは、魂まで焼き焦がす』
・《赤金の大盾》
炎熱属性の高レベル盾。火属性の《
炎属性のボスキャラクターから入手できる素材を《
『炎の壁を突き破るには勇気がいる。もっとも知恵高き者は迂回するだろうが』
・《
広げられる範囲は《
普通に
ただ裏ワザとして、固定ダメージの《
『おんなじ作業を繰り返すんなら、一緒くたに魔法かけられると便利じゃよな。まあ、ずぼらをすると、どこに問題があったのか探し出すのが大変じゃがな』
・《ピヨピヨハンマー》
敵単体に気絶の状態異常を付与する
同名の使い捨てアイテムも存在する。
気絶させられる確率は《
《
『殴れば気絶する、ちゅうと脳筋みたいじゃろうが、ショックを与えて相手を乱すのは基本じゃな。わしは年齢的に真面目に死ぬかもしれんから、やるなよ。絶対やるなよ』
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