第九話 放火に来ました

前回のあらすじ


「今回こういう話ばっか続いて肝心の仕事は片手間で終わるので」という読者の懸念が現実味を帯びてくるのであった。






 ガユロは語り終えると、乳酒を飲みながら改めて二人を眺めた。

 その目がどうにも値踏みするような色を隠せなかったのは仕方のないことだろう。


 鎧を着こんだままの未来はいかにも立派だが、しかしその中から聞こえてくる声はどうにも若いというか、幼い。見た目が威圧的な鎧姿だけに、その口調が丁寧で、いくらかあどけないのも、どうにもちぐはぐだ。

 そして紙月ときたら、いつもの魔女装束に、いかにも金のかかっていそうな派手なコートであるところの《不死鳥のルダンゴト》を着込んでいる。どう見たって荒事に慣れているようには見えなかった。

 アドゾから事前に聞いていなければ、どこかの貴族か商人の令嬢が、護衛を連れて物見遊山にでも来たのかと思ったことだろう。


 二人はこういう視線には慣れていた。

 噂だけで二人を知っているものは、実物を見ると大体疑わしそうに、あるいは好奇の目で見るものだった。


 未来などはいかにも強そうな見た目なのでそう絡まれることはないが、紙月などは一見して華奢で力強さなどない。それに、まず見目がよいし、服の仕立ても良いし、金払いも良く、といかにも金になりそうなのだ。

 二人はこの世界では奴隷というものを見たことがないし、実際帝国では奴隷の売買や所持を明確に禁じる法がある。しかしそれでも、借金のかたに娼館に売られるなどということはよくある話だったし、金持ちや身分あるものが危険な趣味に入れ込むこともない話ではない。

 紙月が当初冗談交じりに口にしたように、誘拐されそうになったのも実は一度や二度ではない。

 軽いナンパや、いくらか強引に物陰に連れて行こうとするものも含めれば結構な数に上る。


 人通りが少なくなったほんの一瞬を見計らって路地裏に引きずり込んだ手練れの犯行もあったし、酒を奢ると言って何かしらの薬物を仕込んだものさえいた。

 まだ自分の外見というものをよく理解していなかった当初は、紙月は割とあっさりそう言った手合いに引っかかってさらわれて青くなったことがあり、冗談では済まない事態にも陥っていた。いくつかは未来に助けを求めたり、不審に思った未来が探しに来てくれて解決したこともあったし、あんまりヤバすぎて未来にも言えていないこともあった。


 幸いにもトラウマになりそうな事態に陥る前に、そう言った手合いを比較的穏当な手段で解決していき、それもまた噂になったのでいまではスプロの町の犯罪率自体が大幅に低下してはいる。

 それでも紙月は歩く道を気を付けるようになったし、知らない人からの酒は断るか、かならず魔法で対処するようになった。未来に滅茶苦茶怒られたのである。


 さらいやすそうというと、鎧を脱いだ未来もいいカモのようには見える。

 身なりはよく、言葉遣いや仕草にも行き届いた教育が感じられ、愛嬌もあるし、紙月同様金払いがいい。それに獣人ナワルだ。


 隣人種たちが共に暮らす帝国では、種族間での差別があまりない、ということになっている。

 しかし、例えば土蜘蛛ロンガクルルロ天狗ウルカを嫌うように、天狗ウルカが他の種族を侮るように、まったく平等というわけではない。違うものが同じところに生きている以上、そうなるのだ。同じ種族でさえそうなるのだから。


 その中でも獣人ナワルという種族は、ある種の嗜好を持った人間に需要が高い。

 また帝国では比較的数が少ないことから、希少性があるとして高く取引もされる。

 その獣人ナワルの子供が一人で出歩いているとなると、金貨袋がよちよち歩いているようなものである。


 ただ、未来の場合は紙月とは違い、警戒心が比べ物にならないほど高い。なにしろ少し前まで防犯ブザーをランドセルにぶら下げ、道行く人に先制挨拶で気勢をそいできた人間不信予備軍の小学生である。

 知らない人から物は受け取らないし、知っている人から受け取った食べ物でもその場では食べずに持ち帰るし、道を聞かれても断固として案内まではしないのが未来である。

 その上、鼻も利くようになってからは見えないところの気配も感じ取れるようになったし、実力行使に出られても普通に自分で解決できる比較的穏当な暴力の持ち主なのである。


 おかげで今となってはスプロの町で二人を狙うのは飛び切りの阿呆か、事情を知らない余所者の二択になってしまっていた。

 ゼロにならないのが悲しいところだ。


「アドゾの紹介とはいえねえ。実際どうなんだい」


 ガユロは値踏みをやめて、ざっくばらんにそう切り出してきた。

 アドゾは二人の所属する《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》の所長であるおかみさんだ。そのおかみさんとガユロは知己であるらしいが、森の魔女と盾の騎士、《魔法の盾マギア・シィルド》の二人に関しては詳しくないらしい。

 などということを考えて、二人は誰もが自分のことを知っているようなつもりでいたことを恥じた。そりゃそうだ。知らない人は全く知らないだろう。


 大嘴鶏食いココマンジャントの件もあって、遊牧民の間にも少しは噂が流れるようになったらしいが、スプロの町でさえうわさ話に尾ひれがついているのだ。

 そりゃあホームであるスプロの町や近郊ではその名も知れ渡り、恐れられもするが、伝え伝えて遥々大叢海のほとりまで伝わってきた噂などというものは、話半分どころか一分でも信じられればいい方だろう。


 いや全くその通りで、今までどこに行ってもある程度は噂が流れてしまっていたし、何ならそれで恐れられもしたし崇められもしたので、どうにも調子に乗っていたようである。


 すっかり恥じ入った二人に、ガユロは困ったように笑った。


「いやね、別に侮る訳じゃあないよ。アドゾからも腕はいいって聞いてるし、噂になるってことは少なくともそれだけのことなんだろうさ。あんたらにもぜひ働いてもらいたいし、賃金だって払うさ。ただまあ、なんというか、ねえ」


 ガユロはパイプをふかして、口の中で煙を転がした。


「追加報酬の話なんだよ」

「追加報酬?」

「基本の賃金は決まってるんだ。もう取り決めてある。その上で、歩合制っていうのかね。焼いたら焼いた分だけ払うってのがあるんだけど」

「おお!」

「実はそれを払えそうにないんだよ。だからそんなに頑張らなくていいというか」


 はて。紙月は小首を傾げた。

 追加報酬があればうれしいが、もとより考えていなかったことだから、貰えなくてもそれはそれでいい。

 しかし急に払えなくなったというのは何かのトラブルだろうか。

 いぶかしむ紙月にガユロは手を振った。


「いや、いや、面倒ごとがあったわけじゃないよ。むしろあたしらにはいいことでね。少し前にふらっとやってきた魔術師がいて、そいつがびっくりするくらい働いてくれたもんだから、そっちに払う分で手一杯なのさ」

「魔術師?」

「まあそいつも結構な腕前でね。だから、あんたらがたくさん焼いてくれても、そりゃあたしらは助かるけど、でも払えるもんがないのさ」


 申し訳なさそうに言うガユロに、紙月も朗らかに笑った。

 そういう事情があるのならば、仕方がない。金に困っているわけでもないし、むしろちょっとした小金持ちなのだから、ボランティアのつもりでもいいくらいだ。

 なので紙月は笑って答えた。


「いえいえ、俺は気兼ねなく放火したいだけなので」

「大分まずい言い方だよねそれ」


 犯罪者のそれであった。






用語解説


・《不死鳥のルダンゴト》

 ゲーム内アイテム。女性キャラクター専用の炎属性の装備。

 蘇生アイテムである《不死鳥の羽根》を素材にするという特殊な装備。

 装備したプレイヤーが死亡した際に全体|SP《スキルポイント》の五割と引き換えに《HPヒットポイント》を全快にして蘇生させる。

 《SPスキルポイント》が足りない時は蘇生しない。

『不死鳥は死なぬわけではない。死んで、そして生き返るのだ。その魂は、不滅だ』


・比較的穏当な手段

 「幸いにも死者は出ませんでした」。


・比較的穏当な暴力

 「人間には二百十五本も骨があるのよ! 一本ぐらい何よ」。

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