第十話 魔術師、現る
前回のあらすじ
言い方はあれだが、「暇なので放火しに来た」は事実である。
さあ早く気兼ねなく放火してえな、とは別に思わなかった紙月だが、しかし気になるのは魔術師とやらである。
ガユロと話しながらも、紙月は魔術師とやらのことが気にかかっていた。
紙月も見たように、大叢海の草は生命力に富んでいて、少しの火ではかえって火の方が負けてしまうほどだった。油をかけて火をつけてもあれなのだから、紙月の《
そこにきて、結構な範囲を焼き払った魔術師がいるというのである。
気にならないはずがない。
スプロの町の人々、特に《
あちこちで非常識だと言われてきたし、おとぎ話や伝説のようだと言われたことも一度や二度ではない。
何度か魔術を使えるものを見たこともあるが、あくまでも魔術を少し使えるという程度で、専門の魔術師ではなかった。それはほんのちょっとした傷を治すものだったり、風を操って船の帆を押すようなものでしかなかった。
そのことから紙月は、この世界には魔術だとか魔法だとか、またそれらを使う魔術師だとか魔法使いだとか言われるもの、存在はするにしても、実用に足るものはほとんどないのではないかと考えていた。
時折聞く優れた魔術師の話といえばほとんど紙月の噂話と同じようなもので、かなりの尾ひれがついている。しかし尾ひれがつこうが火のないところに煙は立たずというし、いることはいるのだろう。ただ、きっとものすごくレアな存在なのだ。
帝都には大学があり、そして魔術を教える講義もあるというから、あるいはそう言った場所には優れた魔術や、魔術師が存在するのかもしれない。
紙月は魔術師というものと一度きちんと話をしてみたかった。
きちんとした、まっとうな、この世界の理屈で育った魔術師とだ。
紙月はラベルの上では優れた魔術師ということになっている。しかしその実は、正体不明の上位存在に《
この世界にはこの世界なりの魔法の理屈とでも言うべきものがあり、この世界の人々はそれにのっとって魔法を使っているはずなのだ。
知りたい。
是非ともそれを知りたい。
そして身につけなければならない。
紙月は常々そう考えていた。酒が入っていなくて、寒さに震えていなくて、ほどほどに理性的なときは。
「しかし、なんです。その人は雇われてきたんじゃあないんですか?」
「いやね、急にふらっとやって来たのさ。妙な乗り物に乗ってやってきて、それで大叢海を渡りたいって言うのさ」
「大叢海を?」
「そうさ。なんでもアクチピトロに用があるみたいな口ぶりだったね。しかしいくらなんでも無理だからね。あたしらもここを突っ切る術は持ち合わせていないし、準備もなしに突っ込めば死ぬだけさ。運よく
「嫌だって?」
「嫌も嫌、鳥どもに下げる頭はない! なんて怒っちゃってさ。はあ、まあ、そりゃ
「あはは……」
関わると面倒くさい、上から見下してくるので鼻につく、そう言った嫌い方は見てきたが、はっきりそこまで拒絶するというのはなかなか見ない。人里まで出てくる
いい奴だっているのにな、と思い出したのはちびっこ
「そしたらまあ、こんな草むら程度、ひとまとめに片づけてくれるわとかなんとか言って、本当に瞬く間にあたり一面火の海さ」
「へえ、そんなに!」
「まあ大言壮語するだけはあったけど、それですっかり魔力を使い果たしちまったみたいで、いまはぶっ倒れて休んでるよ」
その凄まじかったという魔術の跡を見せてもらったが、なるほど大叢海を焼き払うだとか大きなことを言うだけあって、かなり広範囲の草が燃え尽きて焼け跡を残していた。
その範囲は、家畜の柵も含めてサルクロ家の村全体よりもなお広いかもしれない。
軽く見渡す限りがそのように焼け跡と成り果てていたために最初は気づかなかったが、少し距離をとって見てみると、恐らく魔術を使っただろう点を中心に、半円を描くようにして、大叢海が綺麗に黒く削り取られていた。
「はあ……こりゃまた綺麗に焼いたもんだな」
「紙月も出来そう?」
「そう聞かれちゃあ、できないとは言いたくねえけど」
実際にやろうと思うと、紙月の魔法はあまり融通が利かない。《
結果として同じような光景は作れるかもしれないが、瞬く間にとはいかないだろう。
初等の
正直なところ、紙月はこの光景を見てちょっとぞっとしたくらいだった。
炎は極めて均一に草を焼いており、その焼け跡には灰と焦げ跡はあれども形の残るものは何もない。
瞬く間に、ということは、この範囲をまとめて、瞬間的に極めて高い温度で焼いたということなのだろう。
その熱気はこの冬空の下でまだ地面に残っており、離れていてもほんのり暖かく感じるほどだった。
せっかくなので見舞いがてら話を聞かせてもらおうと、二人は魔術師が休んでいるという天幕にお邪魔した。
「え」
「あ」
「ぬ」
そこにいたのは因縁深い細身の鎧姿であった。
身にまとうマントは揺れる炎のようにきらめく。
溶岩をそのまま杖の形に冷やし固めたような艶のない黒い杖には、汲み出してきたばかりのマグマのように輝く宝石がはめ込まれていた。
その男を、二人は知っていた。
その男もまた、二人を知っていた。
聖王国の破壊工作員。
恐るべき炎の魔術師。
二度にわたり《
それが転がっていた。
転がっていた。
無造作に、力なく、転がっていた。
絶えぬ炎のウルカヌス。
築地のマグロの如くごろんと横たわっての再会であった。
用語解説
・スピザエト(Spizaeto)
非常に身なりが良く、良いところのお坊ちゃんであるようだ。
弓を持っていたが腕前は杜撰なもので、年若いこともあってまだ一人で飛ぶのは難しいようだ。
・絶えぬ炎のウルカヌス(Vulcānus)
聖王国の破壊工作員。
潜水艦を利用して帝国近海に潜伏し、通商破壊工作を行っていた。
《
正体は不明であるが、名と言いその武装と言い、優れた炎遣いであることはうかがえる。
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