第十一話 狂炎、三度
前回のあらすじ
因縁の宿敵、九十度傾いての登場である。
「貴様ら……ッ!」
「ウルカヌス……ッ!」
「ここで会ったが百年目ッ! 今度は容赦などせんぞッ!」
「威勢だけはものすごくいいなッ!?」
盛大に気炎を吐くウルカヌスであったが、口で何と言っても身体は正直なもので、疲れ果てて身を起こすこともできないようであった。
紙月も鍛錬の一環として《
ウルカヌスほどの術者でもすぐには起き上がれないとなると、この世界の人々にとっては魔力切れというのは深刻のようだった。
「まあ動けねえってんなら面倒がなくていいや。この間の遺跡で盗んだもんを返してもらおうか」
「盗んだだと? たわけが。あれは我が国が有する施設であり、我が国の正当な所有物だ。簒奪者共が図々しくも所有権を主張しおって!」
「うーん。僕らそんなにこの国の歴史に詳しくないし、興味もないからそう言うのパスで」
「ええいくそ、最近の若者はこれだから!」
最近の若者であることは否定しないが、そもそもこの世界の事情からしてあまり詳しく知らない二人である。冬場は暇な時間などいくらでもあったのだが、じゃあ歴史書でも読むかとなるほどには、二人は世界観とか設定とか細かく読み込むタイプではなかった。
《エンズビル・オンライン》だっていろいろと設定やらなんやらあったのだが、二人は雰囲気でプレイしていたのでそのあたりにも詳しくはない。
嘆かわしい、ああ嘆かわしい、嘆かわしいと散々嘆いたのち、ウルカヌスは鉛のようなため息をついた。話の通じない猿ども相手に真面目に怒る自分がまずもって嘆かわしいなどとなかなかに腹の立つ一言を付け加えて。
「だがまあいい。どうせとんだ外れくじだったのだ。こんなものは好きにするがいい」
ウルカヌスは気だるげにしながらも、雑に腰から短い棒を引き抜くと、それを放り投げた。
転がるそれを、未来は拾ってみる。
太さは指くらいのもので、長さは三十センチかそこらだろうか。金属製らしくひんやりとしていて、その表面はつるりとしている。出っ張りや模様などはなくシンプルなもので、どちらが先なのか後ろなのかもわからなかった。
しばらく手の中で転がしてみたが、金属製にしては軽いなということくらいしかわからなかった。
「なにこれ?」
「なにこれとはなんだ、なにこれとは。貴様らが言う遺産よ。忌々しいキノコどもを殲滅するための兵器だったらしいが、未完成どころか試作品もいいところ。研究開発中の理論段階の代物だったわ。おかげで私はこのザマだ。とんだ欠陥品よ」
兵器、と言われて未来は手の中の棒を眺めてみたが、いったいこれをどうしたらどのような効果が出るのか、さっぱり想像がつかなかった。少なくとも、先ほど見たような、一面を焼け野原にするようなすごい棒にはとても見えなかった。
どうやらこの男は、この地味な棒を使って大叢海を焼き払おうとして、そして魔力切れでぶっ倒れるという醜態をさらしているらしかった。試作品でなおあの範囲を焼き払えるとしたらすごい道具かもしれないが、一回使う度に魔力切れでぶっ倒れてしまうのならば、あの調子では大叢海を突破するのは難しいだろう。いくらなんでも燃費が悪すぎる。
「とはいえ、そんな欠陥品でも貴様ら木偶共が百年かけても解析さえできんだろうがな」
鼻で笑う怪人であるが、ごろんと横たわったままなので格好悪い。
鎧で寝ていて身体は痛くならないんだろうか。この期に及んでその強がりは自分で痛々しくならないんだろうか。などなど、なんだか未来はこの怪人を憐れんでしまった。
まあとはいえ、解析は確かにできないなと素直に認めたのは紙月である。
未来から謎の棒を受け取って、ひっくり返しながら眺めてみたが、これが何なのかさっぱりわからない。つなぎ目もないし、解体も出来そうにない。
魔術師というのは賢さが高いはずなのだが、そもそも魔術というものに対する知識なしでそれっぽいものを使っている紙月なので、当然のようにこれがどんな理屈や理論で作られているものなのかさっぱりわからないし、どうやって調べたらいいのかも全然思いつかない。
なので出来ないだろうと言われても別に悔しくもない。
そりゃできないなと頷くだけである。
紙月としては別に自分ができないでも構わないのだ。それは、そのうち学べばいいことだ。
現状で一番確実なのは、帝都の知り合いに放り投げてしまうことだ。色々とトンチキなところはあるが、あれで古代遺跡に詳しい学者らしいので、紙月にはよくわからない解析なんかもしてくれることだろう。
また無茶振りされるかもしれないが、それも必要経費といえなくもない。
どうせ冒険というか暇つぶしには飢えているのだし。
「ま、返してくれるってんならありがたく受け取るさ。俺もわざわざあんたとやり合いたくはない」
「は、殊勝なことだ。しかし随分と甘いことだな。この私がこんな無防備をさらすことなど、もう二度とないだろう。万全の状態に復活したならば、今度こそ貴様らを焼くかもしれんぞ」
「まあ、動けないあんたをふん縛って、帝都に突き出すのが正しいのかもしれないけど」
未来を見ると、少年も肩をすくめて、頷いた。
なので、それはするつもりはない、と紙月は宣言した。
この男が隣国からやってきた破壊工作員で、すでに多大なる被害を出していることは承知の上だが、身動きも取れない無防備な相手を拘束するというのはフェアではないように思えた。
という精神的な理由ももちろんあったが、どちらかというと、疲れて身動き取れなくなった程度でとっ捕まってくれるほど易しい相手ではないだろうし、何ならこの状態からでも奥の手の一つや二つかましてくるかもしれないので、うかつに手を出したくなかったのである。
「今度は何を狙ってるんだか知らないけど、病人に鞭打つのも教育によくないからな。これ飲んではやくよくなるんだな」
遺産とやらを穏当に返してもらったので、そのお返しというわけではないが、紙月はインベントリから回復アイテムを取り出して枕元に置いてやった。《凝縮葡萄ジュース》といって、見た目はガラス瓶に入ったブドウ・ジュースだが、《
《
施しは受けぬとかなんとかわめく怪人を置いて、二人は天幕を後にするのだった。
用語解説
・棒
正式名称『類感性鏡像投射型言詞兵装試製二号』。
開発名称『ランバー・ロッド』。
無尽蔵に繁殖を続ける
接触した対象の遺伝子情報を読み取り、対象と隣接する近似の遺伝子情報を持つ生体を「同一の存在」として扱い、対象に加えた損傷を鏡像投射することでそれらすべてを同時に破壊することが可能。
簡単に言えば、無数に増殖したキノコの一つを攻撃すれば、ほぼ同じ遺伝子を持ち、かつ近くにあるすべてのキノコに対して同じダメージを与えることができるという代物。
理論構築はなされ、実際に成功もしたが、対象が増えるほどに消費魔力が際限なく増える上に、直接破壊魔法を用いた方が燃費がいいレベルの完成度。
おまけに実験室内での小規模な実験段階だったため安全装置が付いておらず、使用者の魔力が切れるまで引きずり出してしまう欠陥品。
一応、投射ダメージは防御不可という長所はある。
欠点を知らなかったウルカヌスはお試し気分で使ったところ全魔力一気に引き出されて「ぬふん」と昏倒し、脱力してポロリと手放せたために助かった。
・木偶
聖王国人がしばしば人族に対して用いる蔑称。
・《凝縮葡萄ジュース》
《エンズビル・オンライン》の回復アイテムの一つ。
《凝縮葡萄》を材料にして作られる。
《
『これは罪の赦しのために流される血である。飲みなさい。たーんとお飲みなさい』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます