第十二話 燃える炎のバカ二人

前回のあらすじ


「くっ殺せ」とは言わせない程度の良心が作者にもあった。






 聖王国の破壊工作員が築地のマグロめいて転がる天幕を後にして、紙月は改めて日の下で謎の棒を検めた。

 極めてシンプルな造りで、そこまで大きくはないがしかし懐に収めるのは難しい、絶妙に邪魔なサイズである。

 何度ひっくり返してみても、継ぎ目の一つも見当たらないので、中身がどうなっているのかもわからない。


「うーん……」

「なにかわかった?」

「なんもわからんのがわかった」

「だよね」


 ハイエルフの目には、風精とか火精とか呼ばれる、自然の魔力の流れが見える。らしい。

 紙月も人に聞いた話をもとに多分これがそうなんだろうなと思っているが、きちんと学んだわけではない。

 その若干胡散臭くもある目で眺めてみても、この棒には特別な魔力の流れが感じられなかった。誰かの魔力を流すまで発動しないのかもしれないし、あるいはこのつるんとした表面が魔力視とでも言うべき能力を阻害しているのかもしれない。


 かもしれないをいくら積み重ねても、わからないものはわからない。

 なのでやはりこれは帝都のあの胡散臭い二人組に任せるのがいいとは思う。

 しかしそれはそれとして、この棒っ切れが気に食わないのは確かであった。


 未来はこの棒に対して何も思うところはないようだったが、紙月は違う。

 なんだかよくはわからないが、ウルカヌスはこの棒を使ってあの凄まじい焼け跡を残したらしい。その副作用か何かでぶっ倒れてしまったが、しかし紙月が正直ビビりかけるほどの凄まじい破壊の痕跡を残したのだ。

 それが気に食わなかった。


 もっとこう、なんか伝説やおとぎ話に残っていそうな、重厚な質感とか神秘的な輝きとか、そう言うのがあればよかったのだが、ただの棒である。ぱっと見た感じ、安っぽく光るステンレスの棒である。

 古代聖王国の遺産とか言うくせに、見た目は全然すごくないのである。

 百円ショップの文房具コーナーとか、ホームセンターのなんかよく分からん棚に置いてありそうな、この何とも言えず微妙な棒風情が、凄まじい破壊力を持った古代聖王国の遺産だとかいうのである。


 こんな棒っきれにできることが、紙月にはできないと思われるのはしゃくであった。

 端的に言って、紙月は負けん気を起こしていた。棒っ切れに対抗意識を燃やしていたのである。


 未来は魔法職でもないし、そもそも道具に対して何か思うところはなく、はっきり言ってどうでもいいのだが、紙月にはどうもこういうところがあった。

 紙月のそういう子供っぽい負けん気を、未来は時々かわいいと思うこともあった。十回に一回くらいは。残りの九回はまた面倒くさいこと言いだしたなあという諦めである。


 大抵のことは何でもできるので天才肌に思われることもしばしばあるが、古槍紙月は努力の人である。程度の差こそあれ、どんな知識や技術も努力して身に着けてきた。

 多趣味で、その中でも資格を取るのが趣味で、あれこれと手を付けているので飽きっぽいという印象を持たれることもあるが、その腕や知識を錆びつかせたことはない。どれも大真面目に習得し、磨いてきた。

 そのどれもが立派な成績を残してきてさえいる。

 ただ、それがどれも一番ではなかっただけだ。

 どうしても、一番になれなかっただけだ。

 どこに場所を移しても、そこにはそこの一番がいて、叶わなかっただけである。


 その紙月が、異世界に転生してきて出会ったのが魔法である。

 魔法は、一番になれた。現状、紙月が誇れる一番なのである。

 神様に与えられたチートとは言え、それを磨き、応用し、常に改善を模索し続けてきた。

 紙月がこの世界のまっとうな魔法を学びたいのも、チート抜きでも一番を狙いたいからだ。

 その大切な一番で、たかが棒きれなんぞに負けるのはよろしくないのである。存在意義にかかわると言ってもいい。

 未来からすると大げさな話だが、紙月にとっては一大事である。

 魔法が弱い紙月など、未来の重りにしかならないのだから。


「一発勝負だからな、消費は抑えなくていい……火力重視で……」


 古槍紙月は、大人気ない大人だった。

 インベントリを開くと、数あるアイテムを物色し、独りぶつぶつと呟きながら装備を整えていく。

 画面上で装備を切り替えるたびに、未来の前で紙月の服装は瞬時に変わっていく。装備が輝いてかすかな光の粒子が散ったかと思うと、また別の装備になっているのだ。

 便利ではある。便利ではあるが、なにかこう、なんだかこう、納得いかないなあという気持ちでそれを眺めてしまう未来である。変身シーンとはもう少しこう、なんというか、華があってしかるべきというか。


 少年のもの言いたげな視線の先で、紙月は準備を整えた。

 両手の指の全てにじゃらりと指輪がはまり、首には三種類のネックレスがバランスの欠片もなく喧嘩しながらぶら下がっている。《不死鳥のルダンゴト》だけでなく、帽子も足元も火属性であることがうかがえる赤ぞろえで、何とも派手な見た目である。

 その手には青白い炎を灯すランタンを吊るした杖を構えており、それに照らされた顔をよく見れば、口紅も常の黒ではなく深紅のそれだ。


 趣味の悪い成金か、勘違いしたナンセンス女か、はたまた何かの仮装か。

 はたから見ればそんな感想を抱きかねない滅茶苦茶な格好に、未来は鎧の下で顔をひきつらせた。そのイカレたもといイカしたファッション・センスにではない。見慣れた装備品の示す効果をざっと頭の中で計算したからだ。

 ──ガチのやつだこれ、と。

 全てを全て覚えているわけではないが、しかし見覚えのあるものだけでもえげつない。


 首にかけたネックレスの一つ、涙滴型の黒いガラスを下げたそれは、確か《ペレの涙》。火属性の魔法を爆発的に強化する代物だ。

 指輪の一つ、黄色い生花を巻き付けたような《プロメテウスの火》は、火属性攻撃に特殊な延焼ダメージを上乗せする効果がある。

 《野火のサパテアード》は燐火をまとった靴で、火属性攻撃の範囲を広げるもので地味に強力な装備だ。

 重たげに持ち上げたランタン杖こと《イグニス・ファトゥス》は極悪で、相手の弱点を火属性に変えるという放火魔御用達の性能。

 他にも消費|SP《スキルポイント》を倍にしてダメージを倍加させる装備や、弱点を背負い込む代わりに火属性効果を増加させる装備など、アホほど積んでいる。

 身につけさえすれば効果が発揮されるという、装備枠に制限のあったゲーム時代ではできなかったバグ技を盛大に利用している。


「ちょ、ちょっと待って紙月、ゲームじゃないんだからそんな、」

「よーッし、やるか!」

「待っ、」


 待って、と言い切るよりも前に紙月は暴走し、そして未来もまた止めるのを諦めて耳を塞いでのけぞった。

 なので紙月がどんな《技能スキル》回しをしたのかははっきり聞き取れなかった。

 未来にわかったのは、青々と茂る草原が、一瞬で真っ赤に染まって、一瞬でその赤さえも吹き飛んで、あとには何も残らなかったということだけである。


 それでも、自らの起こした爆風で飛ばされかけた紙月の体を、未来は咄嗟に抱き留めた。

 そしてきつく抱きしめた。というのは別にロマンチックな理由からではなく、紙月の魔法による爆轟で吹き飛んだ大気が、一拍遅れて吹き戻ってきたことによる強烈な風に耐えようとしたからである。

 その爆風と吹き返しはすさまじいもので、重たい鎧をまとった未来はともかく、足元も頼りない紙月など木の葉のように吹き飛ばされていただろう。

 おかげで紙月は自分の起こした爆風でもみくちゃにされずに済んだが、その代わりに肉付きの悪い身体が金属の鎧に抱きしめられて、骨が食い込むのだった。


「ど、どうよ……」

「ドン引きかな」

「すごいってことだな」


 ポジティブすぎる。

 兜の下で顔をしかめながらも、しかし未来は確かに感心もしていた。

 紙月の引き起こした炎、それを通り越した爆発は、土を吹き飛ばした上でなお、ウルカヌスの引き起こした焼け跡よりも広大な範囲を焦土と化していた。決して個人が思い付きで使っていい火力ではないし、間違っても生き物に使ってはいけない破壊力である。


「ぬう……木偶の割にはやるようだな……」


 爆発音に驚いて天幕から顔を出す人たちの中に、ウルカヌスの姿もあった。

 施しは受けないと言いながらも、さすがにこの騒ぎにはじっとしていられず、《凝縮葡萄ジュース》を飲んで復活したらしい。

 何事かとざわめくサルクロ家や草刈りの雇われたちが遠巻きに眺める中、ウルカヌスは堂々たる足ぶりで二人に歩み寄った。

 その足がやはり抜けきらない疲労にか若干ふらついたので、未来は紙月の視線を若干遮ってやった。やせ我慢は男の意地だと思うのだ。


「恐るべき爆炎だと誉めてやろう……だが、この絶えぬ炎のウルカヌスを舐めるなよ!」


 まあ、男の美学は美学として、ああこの人もそういう負けず嫌いなんだ、とちょっと生ぬるい目で見てしまった。未来は男の子だったが、そう言う感性としてはあんまりオトコノコではないなと改めて自覚した。なんだか冷めた目で見てしまう。


 ウルカヌスが掲げた杖が燐火をまとい、汲み出してきたばかりのマグマのように輝く先石が不穏な光を帯びる。

 未来には、紙月ほど敏感に魔力だとかを感じることはできない。それでも、背筋がざわつき、髪の毛が逆立つような感覚を覚えた。先ほどの紙月の時も感じたので、早くも本日二度目の危険信号である。


「《我が怒りは炎である、我が憎しみは炎である、我が敵を焼き尽くす炎である!》」


 思わず遠い目をした未来の、その諦めきった視線の先で、振るわれた杖からの炎が大地を一舐めした。

 触れただけで生い茂る草が灰と炭に変わり、大地が焼け焦げ、風が吹き散らされる。

 その膨大な熱を後から感じるほど、それは一瞬で済んでしまった。

 だがその静けさと裏腹に、破壊のほどは紙月の爆発に引けを取らない。

 まるで、焼いて燃やすということの効率を最大限まで追求したような、無駄のない炎。

 それが正確に地上を焼き尽くし、そして炎が去った後もまだその余熱で土中の水分が沸騰していた。


 前のめりに倒れ込む、その、まあ、勇姿といっていいのであろうウルカヌスの姿を見下ろしながら、未来は紙月の脱力した身体をぞんざいに地面におろした。


「まあ……引き分けってことで」


 バカが二人転がる世界の終りのような焼け跡を前に、未来は疲れたように呟いた。

 駆け寄るサルクロ家の人々に、何と説明したものか。






用語解説


・《ペレの涙》

 ゲーム内アイテム。アクセサリ。

 火属性の魔法ダメージを二倍にし、《SPスキルポイント》消費も二倍にする効果がある。

 単発の威力は上がるが、消費は変わらないので、火力を集中したい短期決戦向き。

 他の威力増大系と競合しないため、組み合わせ次第では火力が文字通り爆発する。

『女神ペレがひとたび泣き出せば、海をも沸かす噴火が起きる』


・《プロメテウスの火》

 ゲーム内アイテム。アクセサリ。

 火属性攻撃を行うと、数秒間にわたって少量の火属性ダメージを与える『延焼』を付与する。

 魔法攻撃だけでなく、火属性の武器や、属性付与魔法のダメージにも効果が発生するため、使い勝手が良い。

 火属性魔法の延焼ダメージにも《ペレの涙》の効果が出る(仕様)ことに気づいたプレイヤーに濫用される。

『神々は人類が火の恩恵を争いにも用いることを予言した。そして火は世界に燃え広がると』


・《野火のサパテアード》

 ゲーム内アイテム。靴。女性専用。デザイン違いで効果は同じ男性用もある。

 火属性攻撃の攻撃判定を広げる効果があり、単体魔法を範囲魔法に、範囲魔法をさらに広範囲に広げる。

 魔法だけでなく属性武器や属性付与にも対応するため、前衛職が対多数時にお世話になることも。

『踊りましょう、熱く、熱く、燃えるように熱く!』


・《イグニス・ファトゥス》

 ゲーム内アイテム。杖。

 武器性能自体はあまり高くないが、魔法使用時に対象に属性付与し、火属性を弱点にしてしまう効果がある。

 属性付与はレベル差や元々の属性によって効き具合が異なるが、火属性しか使えなくても、苦手な属性の敵を相手にダメージを等倍にまで引き上げられる。

 もっとも、これをドロップする敵は火属性無効なのだが。

『彷徨う鬼火を見てやるな。あれはどこにも行けぬのだ』


・引き分け

 実際のところ、大人気ない紙月に対して、ウルカヌスは《凝縮葡萄ジュース》で最大魔力の半分程度が回復した状態での挑戦だったので、元よりフェアな勝負ではなかったが。

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