第八話 ファンタジーな世界観

前回のあらすじ


旅先で若者をからかう邪悪な魔女。

食事回がない分、タマがやたらと食べるのであった。






 大叢海の果てない広さと、えげつないはびこり方と、地味で苦しい戦いを目撃した二人は、天幕に戻って改めて打ち合わせと、軽い雑談をすることとなった。

 紙月は乳酒を、未来は乳茶を振舞われ、一息ついた。

 未来は近頃、鎧を着たままでも飲食するコツを身に着けたので、鎧姿のままである。


 鎧の造りにもよるのだが、大体は面甲を持ち上げたり開いたりできるようになっていて、そこから食べたり飲んだりできるのである。

 近頃は寒さもあって、もっぱら暖かい《朱雀聖衣》を着込んでいた。見た目は真っ赤で、鳥を模した兜に、炎のようにうねる模様のマントまでついていてとにかく派手なのだが、最近は慣れてしまった。何を着てもどうせ目立つからである。


 なお、その持ち上げたり開いたりした面甲の中を覗き込んだ紙月は、ノーコメントを貫いた。見えないが見えたのである。神様も作り込んでいないらしい。


「あんたら、森の神は知ってるかね」

「あーっと」

「名前だけは知ってます。前に本で読みました」

「まあ、そんなもんだろうね」


 未来が記憶を探ってこたえると、ガユロは頷いた。

 虚空天を超えてこの地にやってきた天津神の一柱である森の神は、クレスカンタ・フンゴと呼ばれている。これは現地の言葉で「成長中のキノコ」のような意味合いだという。

 もちろん、他所からやってきた神様なので、ちゃんとした名前があるのだろうけれど、それはわかっていない。わかったとして、発音できるかどうかは微妙だ。

 いったいどういう神様なのかは、一応神話にも多少は残っているのだが、詳しくはわからない。

 この神様が連れてきた従属種である湿埃フンゴリンゴという隣人種ならばある程度は詳しいのかもしれないが、この種族もまた謎が多く、難しい隣人であるから、やっぱり詳細は謎のままである。


 ただ、確かなこととして植物全般に関する権能を持ち、この世界がむやみやたらに実り豊かなのもこの神の影響があるのだという。


「なんでも伝説じゃあ、大叢海の下にはこの神の欠片だかが埋まってるらしくてね。それでこんなにもっさり生い茂っちまったんだとか」

「もっさり」


 神様の欠片なんて言うと不思議だが、クレスカンタ・フンゴという神はなんでも不定形の粘菌みたいな姿をしているそうで、その一部がわかれたものがどこそこに埋まっているというのはメジャーな伝説であるらしい。

 大叢海もそうであるし、湿埃フンゴリンゴの住まう土地もそういう伝説がある。人の立ち入りを拒むような密林なんかもそうだ。実際にどうであるかは謎だが、とにかく緑深いところとなれば自然と紐づけて考えられるような神様ということである。

 一番身近な神様っぽいのに全然信仰されていないどころか厄介がられているのは二人の宗教観からすると全く不思議な話だが。


「しっかし、ちょっと見ただけだけど、地平線までずっとあの調子だったからなあ。天狗ウルカの国ってのはどうなってんだか」

「まあ、翼持たぬあたしらにゃ縁遠い土地だけどね、なんでもご先祖様は契約を交わした天狗ウルカに連れられて、アクチピトロを見たことがあるそうだよ」

「へえ、どんなところだったんですか?」


 そのご先祖は、アクチピトロの庇護を受けるべく、貢物を用意したけれど、どうやっても大叢海は渡れない。品だけ渡して後は頼みますじゃ誠意がない。契約した天狗ウルカは外縁と交易して割と気さくな方だったから、このご先祖様を連れて行ってくれたのだそうだ。


 はじめて空を飛んで大層感動したらしいご先祖様は、戻ってくると微に入り細を穿ち、ひとつひとつ家のものに語って聞かせたという。ほとんど文字というものを使わない遊牧民でありながら、わざわざ町の人間を呼んで、語ったことを全て書き残させたというくらいだから、それがどれほどのものだったのか知れようものである。


 語るところによれば、大叢海はまさしく海の如く広く、どちらを見ても果てというものが見えなかったという。沖に出てしばらく飛ぶと、突き出た岩地や、それだけで村を覆えてしまうような巨木が時折みられ、天狗ウルカはそれを島と呼んでいた。

 その島には枝の上に家が建てられ、地に足をつけることなく暮らす天狗ウルカ達が数多く見られたという。


 天狗ウルカの羽でも一飛びとはいかず、そのうちのいくつかで宿を取り、ご先祖様もその隅にお邪魔させてもらったという。

 樹上の家はみな枝葉を器用に組み上げたもので、風通しはよく、見晴らしも良く、しかし翼持たぬ者には過ごしづらくもあったという。

 驚くべきことには、木の上だというのに集められた石でもって炉が切られており、火を使うこともできたという。ただ、それらはもっぱら調理のためにだけ用いられ、鍛冶などは全く行われていないようだった。これは遊牧民も同じである。


 島に住まう彼らが地に足を下ろすこともあって、それは草むらの海の中に点在する水の泉だった。湿地のように草と水が入り混じるところもあれば、深さのある泉もあり、また時には川が流れることもあった。

 これらは大叢海の草むらを泳ぐ生き物たちにとっても命の水であり、そのうちのいくつかを、天狗ウルカたちは柵で囲い水場として管理しているとのことだった。


 こうして絶景を超えていくと、大叢海の中心には巨大な台地が存在していたという。そのあまりにも大きいことといったら、その上に森があり湖があり川があり、流れ落ちる川は滝となり、しかしてその水は地表に辿り着く前に霧散してしまうほどだったという。

 ご先祖様はそこに立ち入ることを許されなかったが、彼らの王はそこに住まい、王都を築いていたという。


 不遜なる天狗ウルカたちは、その王の島を世界の、つまり中心であると称してはばからないが、その自然の威容を目にしてしまうと全く反論も湧いてこなかったという。


 二人はガユロの語る天狗ウルカの国に思いをはせると同時に、今回こういう話ばっか続いて肝心の仕事は片手間で終わるのではなかろうかとうっすら不安に思うのであった。






用語解説


・《朱雀聖衣》

 ゲーム内アイテム。火属性の鎧。

 いくつかの高難度イベントをクリアすることで得られる素材をもとに作られる。

 炎熱属性の攻撃に対して完全な耐性を持つほか、純粋な防御力自体もかなりの高水準にある。

 見た目も格好良く性能も良いが、常にちらつく炎のエフェクトがCPUに負荷をかけるともっぱらの噂である。

『燃えろ小さき太陽。燃えろ小さな命。炎よ、燃えろ』


・森の神クレスカンタ・フンゴ(Kreskanta-fungo)

 犠牲者その三だが、本神はまるで気にしていない。

 好き勝手やっていいという契約で、ウヌオクルロが耕した大地に降り来たり、植物相を広げてテラフォーミングをおおむね完成させた。

 不定形の虹色に蠢く粘菌とされ、人の踏み入れることのできない大樹海の奥地で眠りこけているという。

 森に住まう隣人種湿埃フンゴリンゴ(Fungo-Ringo)の祖神。


湿埃フンゴリンゴ(Fungo-Ringo)

 森の神クレスカンタ・フンゴの従属種。巨大な群体を成す菌類。

 地中や動植物に菌糸を伸ばし繁殖する。

 子実体として人間や動物の形をまねた人形を作って、本体から分離させて隣人種との交流に用いている。元来はより遠くへと胞子を運んで繁殖するための行動だったと思われるが、文明の神ケッタコッタから人族の因子を取り込んで以降は、かなり繊細な操作と他種族への理解が生まれている。

 群体ごとにかなり文化が異なり、人族と親しいものもあれば、いまだにぼんやりと思考らしい思考をしていない群体もある。


・世界のへそ

 アクチピトロの天狗ウルカたちが勝手に呼んでいるだけだが、実際に東西大陸の丁度中心辺りに所在。

 見た目も絶景で、運よく天狗ウルカに招かれて目にした人たちはみな「これで天狗ウルカが住んでなけりゃなあ」と絶賛するとのこと。


・今回

 今回というか、今回も。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る