第七話 草刈り

前回のあらすじ


語られるサルクロ家の歴史と、野焼きの仕事。

タイトルが「納屋を焼く」とかでなくてよかった。






 野焼きは空気も乾燥し、草も乾いて燃えやすい今の時期に毎年行っているそうだ。

 サルクロ家もそうしているし、他の野焼きを担わされた家も同様だ。

 毎年毎年欠かさずに草を焼き続けてきた。

 年に一度の野焼きだけではなく、毎日のように草は刈る。草は毎日伸びて広がるものだし、家畜たちも毎日草を食べるからだ。家畜に食べさせるだけでなく、日常の様々な品にも使うから、その分も刈り取る。

 それでもなお、余るのである。


「単純に草地を広げたくないってんならやっぱり焼くのが一番手っ取り早いんだよ。でも大叢海の草ってやつはどうにもしぶとくってねえ」


 見た目は丈の長い雑草としか言えないのだが、この雑草が、しぶとい。

 葉も茎も強く硬く、なかなか刃を通さない。その上、根は深く地中を貫き、これを引き抜いたり、土をかきおこして引き裂いたりしないと、またそこから生えてきてしまう。

 焼いたところでこの根が残って復活してしまうなんてのはよくある話。焼くにしてもまあ生命力の旺盛な草だから、この時期であってもなかなか燃えてくれない。

 時にはわざわざ油をまいて燃やさなくてはいけないのだそうだ。


「まあ実際見てみりゃあすこしはわかるだろうさ」


 ガユロに連れられて天幕を出れば、やはり外には青々と茂る大叢海が見える。

 そちらへのんびり歩いていくのだが、どうにも、なんだか、おかしい。

 すぐそこに広がっているように見えた草原が、遠い。

 大叢海のほとりで作業しているらしい人影が妙に小さい。

 遠近感が狂ってしまったようだと思ったが、あるいは狂っているのは現実の方かもしれない。


 丘をゆっくりと下っていくと、ようやく大叢海の姿がわかってきた。


「この辺りは浅瀬も浅瀬、まだ背の低い若い草だよ」


 ガユロがいう浅瀬とやらは、鎧姿の未来よりもほんの少し低いかなといった丈の草原で、それがどこまでも続いている。見渡す限り地平線までが、ずっと続く青々とした草原だ。それが風を受けてはうねり、まるで本当の海の波のように輝いていた。


 触れてみると草はしなやかで、丈夫だった。ギザギザとした葉を持つものなど、まるでのこぎりの様で、指を滑らせればすっぱりと切れてしまいそうである。

 ガユロも気を付けるように言った。

 何も考えずにこの草むらに分け入っていくと、服などはあっという間にぼろぼろになってしまい、肌も切れてあっという間に血まみれになってしまうほどだという。

 そうして不用心に血の臭いなど漂わせていると、大叢海に住まう生き物たちに嗅ぎつけられ、たちまちのうちに食われてしまうのだという。まるで鮫だ。


「このあたり、あたしらが立ってる辺りのほんとに柔い草なんかはね、まあ波打ち際だよ、言ってみりゃ」


 ガユロは実際に海というものを見たことはないそうだったが、成程言いえて妙である。

 いま二人が立っているところは、少し前に草を刈ったばかりだというが、それでも足首くらいまでは柔らかな草に覆われていて、まるで毛足の長い上等な絨毯の様でさえある。

 このくらいであれば、寝転んで昼寝するにもよさそうだが、なんでも昼寝して起きたら海に沈んでいた、なんていう話が残っているくらい大叢海の草は伸びるのが早いという。


「まあそこまで極端じゃないけどね」


 このくらい背の低い波打ち際であれば、家畜もそのままついばんで食べるという。ものによっては、茹でたりして人が食べる野草の類もあるのだとか。

 しかし浅瀬くらいまで伸びてしまうとさすがにそのままでは家畜も食べず、刈り取って干し草にして砕いてやったり、加工が必要になってくるそうだ。


 ごらん、とガユロが指差した先では、若衆が大きな鎌をもって草刈りに励んでいた。まるで死神の持つ鎌のようだ。その死神の持つ鎌というものも、元々農夫が使う大鎌から来ているのだそうだから、正しい使い方だが。

 邪魔にならない程度に近づいて見てみると、大鎌は長い柄の端っこに一つ、真ん中あたりにもひとつ取っ手がついている。片手で端の方の取っ手を、もう片手で真ん中の方の取っ手を掴み、鎌の刃を地面すれすれを通るように、腰を使って大きく横に振るう。

 そうするとすぱすぱと面白いように草が円弧状に刈り取られる。これを繰り返して、少しずつ前進していけば、直線上の草が刈り取られていくというわけだ。


 若衆は浅瀬を削るようにして草を刈っているようで、彼らが頑張る度に確かに大叢海は少しずつ狭められている。

 紙月が面白そうに眺めて、無邪気に「頑張ってくださーい」などと手を振って応援するものだから、若衆はこぞって鎌を振るい、さわやかな笑顔で汗を流した。そして力尽きた。大鎌は、体力を使うのだ。


「紙月ってさあ……わかっててやってるときあるよね」

「からかうのが楽しいのは否定しない」


 悪いエルフだ。

 未来は呆れて肩をすくめたが、紙月には悪びれた風もない。


 近くで見ていると、大鎌の活躍は目覚ましいものに見えたが、少し離れて見てみると、無限とも思える大叢海からすればそれはほんのささやかな抵抗に過ぎなかった。海の水を掬って減らそうとするようなものだ。

 この寒い時期に、上着を脱いでもろ肌をさらして鎌を振るう若衆は、湯気さえ立てているように見える。大鎌を振るう内にあっという間に熱くなり、しとどに濡れた汗で肌を光らせながらの重労働となる。それでも果ては見えないのだ。


 それにすぱすぱと簡単に切れるように見えるが、それは鎌の鋭さと重さ、そして遠心力があってのこと。大叢海の強靭な草を相手には鎌の刃もすぐに鈍ってしまい、また若衆の体力も続かず鎌のふりも小さくなってくるから、なお切れなくなる。

 それで、あちこちで鎌を研ぐものや、焚火の傍で休むもの、またその間に刈り取った草を運ぶものなど、常に人が動いて忙しない。


 そしてまた、刈り取った後の波打ち際のあたりで、今度は馬たちが働いている。大嘴鶏ココチェヴァーロたちだ。

 ミルドゥロも乗っていた、精悍な顔立ちの大嘴鶏ココチェヴァーロで、遊牧民たちが使っているものよりも足が太くしっかりとした体つきをしている。それがすきをひいて地面を掘り返していた。

 畑であればこれは、田打ちや田起こしなどといって、ようはトラクターで田んぼを掘る作業だ。


 農業スキルで無双する話ではないのでそのあたりは割愛するが、サルクロ家の場合では単に雑草を根から引き千切る作業なのだった。ここまでしてようやく、少しの間大叢海が拡がるのを防げるのだ。


 ここいらは干し草や日用品に使う草を刈っているあたりで、野焼き場はまた少し離れていた。

 ガユロに連れられて行ってみれば、確かに黒っぽくなった焼け跡が拡がっていたが、あまり広くはない。

 ごらん、とガユロが松明で実際に火をつけてみてくれた。

 油をまいてあったらしく、浅瀬の草を火があっという間に覆った。

 それはぱちぱちと音を立て、黒い煙をあげながら燃え広がっていくのだが、油のかかったところを越えて、ほんの少しもすれば、火は徐々に弱くなってしまう。


「乾いた冬でもまだ水気が多いから、火をつけたってこんなもんさ。森の神の加護でもあるのかもしれないね。油代も馬鹿にならないけど、まあやらないよりはましさ。学者の話じゃあ、何だったかね。根もある程度は焼けるし、土ン中で呼吸ができなくなるとかでね」


 肩をすくめるガユロの視線の先で、ついに火は消えてしまった。ほんの数メートルばかり燃え広がってそれで終わりだった。


「フムン。野焼きってのはあんまり環境に良くないらしいが、そもそも植物に伸びてほしくないってんだから、むしろ環境との勝負だな」

「大気汚染とか、まだ先っぽいもんねえ」


 エコだとか環境汚染だとか、考えていかなければならないのだろうが、クリーンな手段を模索しているうちにグリーンな環境に人里まで覆われてしまうかもしれない。この世界では、少しばかり常識が違うようだった。


 しかしこんなに草が生えるんならタマにとっては食べ放題かもしれない、などと思いついた紙月は、早速ガユロに許可をとって、タマを放牧してみた。

 波打ち際の短く柔い草ばかり食べられては困るが、タマはむしろ積極的に浅瀬に潜っていき、もっしゃもっしゃと丈の長い草をはみ始めた。なんなら根まで掘り起こして食べるし、掘った土まで食う。


「エコな解決法じゃないか?」

「バイオハザードにならなきゃね」


 映画ならこの後、制御できなくなるのが定番ではあった。






用語解説


・浅瀬

 大叢海はしばしば海にたとえて説明されることがある。

 浅瀬や波打ち際があれば沖という言い方もあるし、点在する巨木や隆起した岩地などは島と呼ばれる。

 沖に出れば深いところもあり、水深ならぬ草深が数メートルというところが多く、時には恐ろしく深い海溝じみた草溝もあるという。

 これは支配下に置く天狗ウルカたちでさえも把握できておらず、いまなお謎の多い土地なのである。


・草

 現地の人間もざっくりと草と呼ぶが、単一の品種ではなく、複数種からなる。

 大叢海の中で複雑に混生する他、ほぼ単一種だけが拡がる群生地なども見られ、ススキの海などとして区別される。

 他の地域でもよく見られる一般的な種も多く見られるが、なぜか大叢海では大型化が顕著であり、生命力にも富む。


・悪いエルフ

 とてもわるい。

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