第六話 サルクロ家のお役目
前回のあらすじ
移動だけで半分くらいきたが大丈夫か。
ようやく到着した依頼人の家で、生々しい過疎地の現状が。
昔はああだったよねえと思い出話が始まりそうになってしまったので、紙月は適当なところで切り上げることにした。
「
「なんだって?」
「すみませんね。詳しい話を聞く前に出てきちまったもんで、仕事の内容を知らないんです」
「そりゃあつまり、ひとつも?」
「ええ、
やけくそ気味ににっこり笑った紙月に、ガユロは肩をすくめた。
それからパイプのようなものに何かを詰めて火をつけ、少し甘いような香りのする煙を吐いた。
「そうかい。じゃあ、まあ、昔話ついでにうちの、サルクロ家の成り立ちから話そうじゃないか」
ガユロが煙混じりに語ったのは、大昔の話だった。
サルクロ家はずっと昔は、他の遊牧民たちと同じように、家畜を引き連れ、平原を旅してまわっていた。
「まあ昔ったって、何百年くらいさ。帝国はもうすっかり形になってたし、アクチピトロだってそうさ」
二人からすると百年二百年でも大昔だと思うのだが、この世界はなんでもスケールが大きいような気がする。この世界にはこの世界の歴史があって、それは二人には想像もできないくらい長く複雑に続いてきたのだろう。
「遊牧民てのはねえ、まあ、大人しい連中じゃなくてね。
いまだって、その争いはなくなったわけではないという。
お互いの家を皆殺しにするまで終わらない、なんて血なまぐさいことはなくなったにしても、人死にが出る争いはいまも少なからずあるそうだった。
人の手のはいる農業でさえ、日差しひとつ雨ひとつで豊作にもなれば不作にもなる。全く自然のものである牧草などは実り豊かである方が稀なくらいだという。
良い草地を奪い合い、互いの家畜を奪い合い、時には嫁を奪い婿を奪い、遊牧民たちの歴史は複雑に織りなされる血の織物だった。
そう言った奪い合いに倦み疲れたサルクロ家は、大叢海に目を付けた。無限に広がるようにさえ見える大叢海の草を家畜に与えることができれば、自分たちはもっと豊かになれるのではないかと。
しかし大叢海はアクチピトロの、
サルクロ家の先祖は交易にやってくる
そして意外なことに、それはあっさりと認められ、むしろ定期的に刈ることを役として課された。
大叢海は、常に拡がり続ける。だから刈り取って押しとどめなければならないと
いくら大叢海が広がっても、それは海の水が拡がるのと同じで、
大叢海が拡がり過ぎればいよいよ手は回らなくなるし、もしも人里まで及んでしまえば、交易相手が海に沈んでしまうのと同じことなのだと。
そんなことは彼らも望むところではなく、外縁に住まう
だから欲しいというならいくらでも刈り取って欲しいし、むしろ刈り取ってくれれば便宜も図ってくれると
こうしてサルクロ家は大叢海のほとりに住まうことを許され、草刈り業務を委託された。
また、サルクロ家に続いていくつかの家も同じように服従を誓い、大叢海のほとりで役目についた。
彼らは日々草を刈り取って、そのまま、あるいは干して家畜たちの餌にし、また編んで様々な日用品を仕立て、生活の多くに役立てた。
干し草が豊富に溜め込めれば、遊牧民たちとの交易に回して彼らの過酷な冬を助け、争いを避けることもできた。
そうしてそれでもなお余る草は焼き払ってしまうのだ。
毎年毎年、日々の分に困らないだけの草が刈り取れ、そして困り果てるほどの草を焼き払ってきたのだという。
過疎化の進む今では、孫請けの日雇い労働者まで雇って草を刈り、焼いているのだと。
昨年は天候も素晴らしく雨も多く、大叢海の拡がる速度が速く、また伸びる草も青々と茂って旺盛であるため、方々に声をかけて手助けを求めたから、こんなにも大所帯になっているのだそうだった。
「ははあん。つまり俺たちにも草刈りやら野焼きやらをしろってんですね」
「まあ、そういうことさね。ここ最近はアドゾんとこの連中を借りてたんだけど、なんでもあんたは凄腕の魔術師だっていうじゃないか」
「いやあそれほどでもありますけど」
「なんでも
「放火魔かな?」
「破壊神かも」
「どっちでもいいさ。どんどん焼いてもらおうじゃないか」
何でも毎年、焼けば焼いた分だけ追加料金が出るというから、紙月としてもやる気がムンムン湧いてくる話である。
「やっぱり放火魔じゃない?」
用語解説
・野焼き
大叢海は現在も拡がり続けており、空気が乾いて草も燃えやすい年明けの頃に盛大に野焼きする風習がある。
たまに観光客が見に来るが、思ったより地味という感想が多いとか。
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