第五話 大叢海のほとり

前回のあらすじ


新情報は「格好良くて強くて気立ても良いやつ」「名前はモントリロ」の二つ。

ペース配分が死んでいるのでは?






 サルクロ家の村は、六つの天幕からなっていた。

 この天幕はチャスィスト家たち遊牧民たちのものと似ており、基本的な構造は同じようだった。

 ただ、遊牧民のそれが移動することを前提としており、組み立てと解体が簡易な造りになっているところ、こちらはもう少ししっかりした造りをしており、一部は木や石で壁を作っていたりと、完全に固定式のようだった。

 家畜である大嘴鶏ココチェヴァーロたちを囲う柵もかなりしっかりとしており、例の八つ足の牧羊犬が番をしていた。


 そして。


「おお、あれが大叢海ってやつかね」

「雑草が伸びまくった野原って感じ」


 二人は雑な感想を述べたが、実際、遠目に見る大叢海は別段面白みのあるものでもなかった。

 ただなんだか草が広がっているなという程度なのである。

 枯草も多く見かけてきたこの冬の平原で、なお青々と元気に茂っているのは生命力を思わせるが、しかし草原は草原である。


 適当な場所で馬車を降りると、タマは行儀よくと言うべきか、のんびりと寝そべった。

 馬車と馬具を外してやっても、そのまま動こうとしない。さすがに疲れたのだろう。未来が塩と砂糖を混ぜたものをひと握り差し出してやると、タマは大きな舌で舐めとり、満足げに頷いた。


 ミルドゥロも大嘴鶏ココチェヴァーロを柵のうちに放してから、ふたりを一番大きな天幕に案内した。

 二人が靴を脱いでお邪魔すると、中はいくらか煙たく、何人かが中心に切られた炉を囲んでいた。

 人族に、土蜘蛛ロンガクルルロ獣人ナワルと思しき毛に覆われたものもいる。


「冒険屋だ」


 ミルドゥロは一言そう言い残すなり、そのままさっさと出て行ってしまった。

 土蜘蛛ロンガクルルロの若者が肩をすくめて、ぶっきらぼうな口調を真似して「冒険屋だ」と繰り返すと、仕方ない奴だという苦笑が天幕の内側に満ちた。


「えー……あー、どうも。冒険屋の紙月です」

「同じく未来です。《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》から来ました」


 二人がなんだかなあと思いながらもざっくりした自己紹介をすると、一番奥に座った人族女性が苦笑いしながら座ってくれと勧めた。


「息子が不愛想ですまんね。悪い子じゃないんだが」

「息子さんというと……」

「あたしが依頼主で、家長のガユロだ」


 ガユロは骨太な女性だった。やはり年頃の分かりづらい馴染みの薄い顔立ちだが、そこそこ年嵩のようだった。顔に刻まれた皺は深いが、肌の血色はよく、滑舌も良く活力に満ちている様子だった。

 いまは腰を下ろしているからわかりづらいが、立ち上がれば背も高そうである。


 ガユロは天幕の中に座った面子を紹介した。


「このお調子者の足高コンノケンはリコルティロ。手伝いに来てくれた」

「よろしゅう」

「そっちの毛深いのはファルチロ。冒険屋じゃないがあんたらと同じで雇われだ。犬だったか猫だったかね」

「イタチだ。多分な。少なくとも親父はそうだった」


 他に紹介されたものはみな人族で、ガユロの家族だった。

 他の天幕にもまだ何人かいるし、外で働いているものも多くいるという。

 結構な大所帯だと思ったが、これはいまの時期だけで、普段はガユロの家族だけだという。


「なにしろ人手がいるからね。昔はそれでもうちの人間の方が多かったんだけど、なにしろ若い連中は町に出て行くもんも多くてね、いまじゃ手伝いが頼りさ」

「まあ、俺らも世話んなっとるさかい、こうして手伝いにも来るけどな。そやかて俺らも似たようなもんや。遊牧言うんはもう古い生き方なんかもしれんなあ。若い衆はいつかんわ」


 どこでも過疎化というものは深刻な問題らしい。

 それに、遊牧という生き方は、やはり簡単なものではないらしい。

 お調子者だという足高コンノケンは嘆くように語った。

 町の生き方が簡単だというわけではないが、遊牧民の生活は常に動き続ける。季節に追われ、家畜を引き連れ、タイミングを見計らって町と交易をする。だというのにその生活はあまり変わり映えせず、景色も見慣れた草原ばかり。

 たまに立ち寄る町の生活の何と華々しいことか。珍しい酒に食い物、男も女も着飾り、楽し気な人々。単に馴染みがないから物珍しく輝いて見えるのだということは頭ではわかっていても、隣の羊は肥えて見えるもの。

 そうしていったん町で生活してしまうと、もう遊牧には戻れないのだ。

 町ではいろんなものが手に入り、手に入ってしまうと惜しくなる。全部は持っていけないのだから、家を構えて動けない。離れられない。


「それにな、町で借金こさえてもうて、こらあかん思うて逃げ出そうにも手遅れや。少し乗らんかっただけのつもりが、もう馬に乗れへんねや。ケツの落ち着けどころがようわからんくなるし、馬の方でもなんやこいつてなる」

「年寄りもね、昔は乗れたと思ってても、久しぶりに乗るとだめだよ。覚えてるつもりでも全然さ。それに、身体がついていかない。あたしの親父がその口で、振り落とされて腰をやっちまった。それであたしは必ず毎日馬は乗るようにしてるのさ」

「町の連中は寝台で死ぬんがええらしいけど、まあ俺らはあれやな、死ぬまでは馬の背に揺られてたいわ」


 なんだか生々しい話である。

 二人も事務所で根を張っているうちに外に出るのが面倒くさくなって、追い出されるまでだらだらしていたのだ。規模の違いはあれ、あまり笑ってもいられない。

 どのように死にたいかというのはまた別として、冒険屋としてどのようなスタンスでやっていくのか、そもそも冒険屋を生涯のなりわいとするのかどうかということも、考えていかなければならないのかもしれない。

 まだ若いとはいえ、年を取るのはあっという間なのだ。


 などということを二人が真面目に考えていたかというと別にそんなことはなく、あんまり実感の湧かないご当地トークにいまいちついていけず居心地の悪さを感じていたのだった。






用語解説


・ガユロ(Gajulo)

 サルクロ家の現家長。人族女性。

 最近の悩みは息子が狩りにばかり夢中で嫁ができないこと。


・リコルティロ(Rikoltilo)

 サルクロ家の仕事を手伝いに来た遊牧民。足高コンノケン男性。

 最近の悩みは町の借金取りについに尻尾を掴まれたらしいこと。


・ファルチロ(Falĉilo)

 西部からの出稼ぎ農民。イタチの獣人ナワル

 最近の悩みは自分ではイタチだと思っているもののその割に太いなということ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る