最終話 グレート・エクスペクテイションズ

前回のあらすじ


謎の魔術師と睨み合う一行。

幸い、殺し合いには至らなかったが。






 遺跡での濃密な一日を終え、調査班にバトンタッチして西部へ帰ってからしばらく。


「おうい、手紙だぞ」


 今朝も早いうちから稽古に鍛錬にと出かけようとしていた《魔法の盾マギア・シィルド》の二人に、帝都から手紙が届いた。


 そこには、両博士からの、やはり時候の挨拶から始まるくせにえらい癖字の文面がつらつらと並んでおり、それから、あの後のことのついて説明があった。


 紙月たちが帰ったのち、博士たちは調査班を連れて遺跡の中をそれこそ床をひっくり返すような勢いで調査したようだった。

 調査によれば、遺跡は古代聖王国時代に、何かの魔道具の研究開発をしていたようだと言うことは残された機材などから推測できたようだったが、現物も資料も恐らくはあの細鎧の男によって根こそぎにされており、その魔道具が完成していたのか、途中だったのか、それさえもわからないらしい。


 機材や研究施設の大きさからして、恐らく人が持ち運べる程度のサイズの道具だっただろうことが推測できるばかりで、何を目的として、どのように使うものなのかなどは、さっぱりわかっていないという。

 今までに発見され、調査された研究施設との類似点などを調べていくと、どうもある種の魔法兵器なのではないかと予想されはするのだけれど、あくまでこれは予想だ。


 ただ、完成していたのならば大戦期に持ち出されていただろうから、恐らくは未完成品だったとは思う、と言うのがキャシィ博士のこれまた予想だった。そのため、かさばるとはいえ完成させるために必要な研究資料などを処分できず、ちまちまと運び出していたために、我々が到達するまでの短からぬ間、あの研究施設から出られなかったのではないか、とのことだった。


「博士の予想とやらは、また随分的中率が高そうだな」


 正直なところ今回の件で一番怪しかったのはあの二人と言ってもいいくらいだ。

 やけに古代遺跡に詳しいし、もしかすると帝国でもかなり重要なポジションの人物だったりするのではないだろうか。

 その割にフットワークが軽いが。


 さてまた、あの絶えぬ炎のウルカヌスを名乗った人物に関してだが、彼についての情報も今のところ全くなく、その後の足取りも追えていないという。

 潜水艦を沈めた時もいつの間にか現場から消えて生き延びていたほどであるから、そう簡単に追えるとは思っていなかったが、敵もさるもの、なかなか手強いようだ。


 それに目立つ格好をしているということは、その格好を変えてしまえば我々の認識からはすり抜けてしまうということでもある。あの鎧を脱いでしまえば、直接対峙した紙月たちでも見た目では判断できないだろう。

 帝国としてはあの人物を聖王国の破壊工作員として改めて認め、各地に賞金を出して指名手配し、追跡しているという。


 しかし、それらのマイナスはあるものの、生きた遺跡をほぼ無傷で回収できたことは素晴らしい成果と言ってよく、両博士は気前よく追加報酬を足しておいてくれたようだった。

 同封された手形を確認した限り、かなりの額である。

 これだけの資金を自由に動かせるあたり、両博士もただものではない。


「フムン。これだけの貯蓄があればまた一か月くらい南部にでも遊びに行けるかもしれないな」


 紙月がご満悦の一方で、未来はやや不安そうだった。


「ねえ紙月」

「なんだ?」

「また、どこかであの人……ウルカヌスと遭うことになるのかな」

「ん………かもしれねえな」


 今回は、たまたま偶然が味方してくれて、正面からぶつかり合うことはなかった。

 だが仮にあの場でぶつかり合うことがあったとして、確実に倒すことはできただろうか。いや、倒す倒さないではない。まずあの敵を相手に護り切ることができるだろうかということが目下の未来の懸念だった。

 非戦闘員であり、はっきり言って足手まといだった両博士だけではない。

 直接護るべきである紙月のこととて、万全に守り抜く自信があるかと言えば、難しい所であった。


 フルパワーの防御を抜かれるとは考えたくはない。

 《楯騎士シールダー》の誇りとして、その護りは万全でなくてはならない。

 しかし《選りすぐりの浪漫狂ニューロマンサー》という異形の極致に立ちながら、それでも未来は紙月を護り切れず敗退したことが、今までに何度もある。

 ゲームの頃はそれでよかった。反省を次に生かし、備えることができた。


 しかし今度はゲームではないのである。

 一度負けたらそれで終わりの、命のかかった殺し合いなのである。

 万全を期したい。しかし、それでも取りこぼすかもしれない。


 それが未来には恐ろしかった。


 紙月にしてもまた、そうであった。

 ウルカヌスの存在は恐怖と不安の対象と言っていい。


 あの男は紙月がこの世界で初めて遭遇した戦闘魔術師であり、その腕前は炎だけに関すればともすれば紙月の練度を超えかねないのである。

 先の海賊船騒動では、相手の怒りと、相性、そして小手先の素早さで勝利を収めたようなものだ。

 いや、結局のところ相手を万全の状態で逃がしてしまっているのだから、よくて引き分け、悪く見ればあれは敗北ですらあったのだ。


 もし真正面から魔法と魔法とでぶつかった時、自分の魔法はウルカヌスの魔法を突破できるのだろうか。打ち負かすことができるのだろうか。

 あの時のウルカヌスはあくまでも、途中から逃げを打つことに専念していた。

 もしもその魔術を最大まで研ぎ澄ましてこちらに向けてきた時、紙月は絶えぬ炎を打ち消すことができるだろうか。


 それが紙月には恐ろしかった。


 だが紙月には、そして未来にも、ウルカヌスにはないものがある。


「なあに、大丈夫さ。俺にゃあ最強の盾がある」

「……うん! そして僕には最強の矛がある!」

「俺たちが二人でいる限り、誰にだって負けることはねえ!」


 一人ではだめかもしれない。

 それでも、二人でなら勝てる。

 それは、いにしえの昔から伝えられてきた大いなる遺産である。






用語解説


・絶えぬ炎のウルカヌス(Vulcānus)

 ウルカヌスとはローマ神話に登場する火の神である。

 ギリシア神話の鍛冶の神ヘパイストスとも同一視される。

 また火山を表す英語volcanoの語源でもある。

 正体は不明であるが、名と言いその武装と言い、優れた炎遣いであることはうかがえる。

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