第十二章 アイブ・ゴット・ユー・アンダー・マイ・スキン

第一話 西部の冬

前回のあらすじ


古代遺跡で謎の魔術師と対峙した二人。

恐ろしい相手だ。しかし二人ならきっと。






 秋祭りを過ぎると、めっきり冷え込んできた。

 速足の冬が、西部にも訪れようとしていた。

 人々はみな分厚く着込み、薪や火精晶ファヰロクリスタロの需要が高まった。

 事務所の冒険屋たちも、暇さえあれば薪拾いに出かけている。


 事務所の暖炉は常に燃え盛っており、やることのない冒険屋たちはみなより火の当たる場所を奪い合って静かな、しかし熾烈な争いを繰り広げていた。

 要するにお互いにあっち行けよお前こそあっち行けよとおしくらまんじゅうの有様である。


 《魔法の盾マギア・シィルド》の二人も、初めて経験する西部の冬に好奇心をかられながらも、寒さに震えていた。

 恥ずかしいとか目立つとか言っている場合ではなく、二人は《朱雀聖衣》、《不死鳥のルダンゴト》をはじめとした火属性の装備を惜しげもなく身に着けて寒さに備えた。


 西部の冬というものは、あんまり寒いもので、隙間風が入らぬようにものぐさな紙月が自主的に《金刃レザー・エッジ》で補強を入れるほどだった。

 それでもどうしても寒くて、室内で《火球ファイア・ボール》を焚こうとしたときは、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》一同必死になって止めたものである。


 最終的には、《金刃レザー・エッジ》で簡単な桶のようなものを量産し、《遅延術式ディレイ・マジック》でとろ火のまま維持した小さな《火球ファイア・ボール》を内側で燃やす、簡易の火鉢を量産して広間中に設置し、それでようやく落ち着いた。


 これは紙月が離れてもしばらく持つから、一回いくらで冒険屋たちに貸し出しもなされた。暖房のない寝室に持ち込みたいそうである。


 冒険屋たちは暑いくらいだと喜んだが、脂肪の薄いハイエルフである紙月はそれでもまだ肌寒いようであった。着こんだ上にこれだけ室温が高くなっているのだから、単に身体の熱量が足りないのかもしれないが。


「寒いねえ」

「寒いなあ」

「雪、降るかな」

「西部は雪はあまり降りやせんな。降ってもそこまで積りやせん」


 暖炉のそばで丸くなる二人に、暖かい乳茶を入れてきてくれたのはムスコロである。防寒として毛皮を着こんだせいで、蛮族もといワイルドさに磨きがかかっている。


「何だ、積もらないんだ」

「そのかわり、冷え込みはかなりのものですな。池なんざ凍り付きます」

「そんなに」

「スプロはまだ南ですからましな方で、北の方に行くとほど寒いと聞きやす」


 なんでも山々から吹き降ろす風がほど冷たいらしく、これが木々を凍らせながら里に降りてきて、吐いた息が凍るほどの寒さをもたらすという。

 また平原や、大叢海もかなり冷え込み、ともすれば北部より寒いと北部の人間に言わしめるほどである。

 大嘴鶏ココチェヴァーロたちの餌も少なくなり、遊牧民たちにとってもつらい時期だ。この時期はもっぱら町などに停留し、春の訪れを待つことも多いという。


 さて、その北部はどうなのかというと、身の丈ほども雪が積もることもざらで、寒さ以上にとにかく大量の雪で生活に支障をきたすという。

 勿論寒いは寒いのだが、雪自体が断熱作用を持っているから、家の中はかえって西部より暖かいとも聞くとのことだった。


 ムスコロは北部には行ったことがないようだったが、事務所の冒険屋の中には北部出身のものもいて、そう言う連中から話を聞く限りでは、どちらがいいと言っても一長一短で難しいようだった。


 それよりもさらに東、北の果てにある辺境は、一年の半分近くは雪に覆われており、まず人が住む土地とも思われぬ過酷な環境だという。

 さすがに辺境に行ったことのある冒険屋は事務所に一人もいなかったが、それでも地続きで、人が住んでいる限り、商人なども出向いていく土地であるし、細々ではあるが話も伝え聞く。


 なんでも辺境の獣たちはみな寒さに備えるために内地の何倍も巨大に育ち、寒さをへともしないほどの強靭な魔獣たちであるとか。

 その魔獣たちを狩っては冬場の貴重な食料にしているのは冒険屋でも何でもない普通の狩人や村人たちであるとか。

 貴族のお城やお屋敷もみんな雪に埋もれて凍り付くので、毎日のように雪下ろしをしてもまるで足りず、冬場は二階や三階から出入りするのが普通であるとか。

 一同が一番恐ろしく思ったのは、水瓶に水を汲んでおくとそれさえ凍ってしまうという、一番身近で想像しやすい事柄に対してだった。


「しっかしよくもまあ、そんな土地で何百年も生きてこれたよなあ」

「何百年もかけたから生きていけるようになったのかもしれませんがね」

「成程」

「実際のところ、自分とこじゃまかないきれねえんで、食料や燃料を輸入しているのも有名ですし」

「そんなに輸入するだけの金があるのか?」

「竜退治の名目で帝国から支援金が出ていやすし、それに、辺境の魔獣の素材は高く売れるんで、輸入も盛んなら輸出も盛んで」

「ははあん。言うほど閉ざされた国ってわけでもない訳だ」


 単に長居できないだけで、商人たちの出入りは少なくないらしい。

 ただでさえ辺境の魔獣の素材は優れているだけでなく、まれにではあるが、その魔獣の最高位でもある飛竜の素材などが出回ることもあり、これは本当にかなりの額で取引されるらしい。


「飛竜ねえ。いくら位するんだ?」

「仮に飛竜の革鎧を一揃い用意するとなりゃあ、金貨が一枚じゃ足らんかもしれませんな」

「金貨!?」


 金貨というものは普通は流通していない。贈答用や、何かの記念に鋳造されるもので、流通貨幣で最大額である九角貨ナウアンのおよそ十倍が最低限である。人間一人が一年生きていくだけなら困らないで済む金額である。

 現代社会で言えば大衆車と同じくらいの感覚だろうか。

 騎士の纏う全身鎧でもこれくらいすると言えばするが、金属と革を比べてなお同等なのである。

 しかもこれは最低限度の話である。


「装飾や、魔術式、飛竜の革の質にもよりやすが、最上等なら帝都に土地付きの一軒家を即金で買えるくらいじゃねえですかねえ」

「どれくらいすげえのかわからねえくらいすげえな」


 まあそれもこれも、極稀に出てくる飛竜の革の、それも素材の段階での相場からムスコロが想像した限りのことであるから、実際のところはどれくらいになるのか分かったものではない。


「まあ、ほとんどは飛竜と戦うために使っちまうらしいんで、出回らねえんですけどね」

「いつか行ってみたいねえ」

「ああ……夏の内にな」






用語解説


・飛竜

 地に地竜があるように、空には飛竜がいる。

 この竜種は飛行に長け、かなりの高空を飛び回ることで知られる。

 空を飛ぶだけでも厄介なのに、非常に頑丈な鱗も持ち合わせており、対空攻撃手段がなければとてもではないが相手はできない。

 飛竜革の装備は風精との親和性が高く、矢避けの加護の外、空踏みなどを可能とするという。

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