第十二話 狂炎再び
前回のあらすじ
無事警備室に侵入し、警報を止めた一行。
しかしそこに現れたのは。
それは、あの海賊船事件で遭遇した、細鎧の魔術師であった。
「貴様らはあの時の……!?」
魔術師もそのことに気付いたようで、素早く杖を抜いて身構えた。
こうして間近に見ると、魔術師の装備は全く帝国で見かけるものとは異なるものだった。
細身の鎧のように見えるものはすべてに細かく魔術式が浮き彫りにされた魔道具であったし、身に纏う衣類もまたなかなかの魔力を秘めた逸品である。
恐らくはかなり火精との親和性が高い装備なのだろう。
ハイエルフの目には、燃え盛る蜥蜴のような火精がこの男の全身を護るようにちらついているのが見て取れた。
そして恐るべきはその構えた杖である。溶岩をそのまま杖の形に冷やし固めたような艶のない黒の総身に、汲み出してきたばかりのマグマのような輝きを見せる宝石がはめ込まれていた。
ちょっと見た限りでは詳しいことは言えなかったが、それこそ紙月のもつ武装と比べても見劣りしないレベルの代物である。
「ふん……どうやって警報を止めたのかは知らんが、」
「あ、私です私!」
「ちょ、キャシィ!」
「……んんっ、ともかく、ここであったが百年目! あの時のお返しをさせてもらうぞ女!」
どうやら買った恨みは相当なもののようで、地竜と向き合った時でもここまで鋭くは向けられなかったというほど、密度さえ感じられるような殺気が向けられ、未来が盾を構えて一歩踏み出した。瞬時に切り替えられたのは、炎への対策、《白亜の雪鎧》である。
「ほほう、凄まじい鎧だ。だが、我が炎とどちらが勝るかな!」
瞬間、男の手のひらに燃え盛る業火が生み出され、そして天井のスプリンクラーを起動させて、降り注ぐ水に消された。
手のひらの上で炎はそれでもボシュボシュとしつこく灯ろうとしたが、執拗に降り注ぐ水に最終的には潰え、ようやくスプリンクラーは動作を停止した。
「………我が炎とどちらが、」
手のひらにともる炎。
作動するスプリンクラー。
消える炎。
止まるスプリンクラー。
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
「……………ふん、興が冷めた」
「冷めなかったらびっくりだよ」
「どちらにせよ、すでに目的は達成しているのだ。私はこれにて失礼する」
びしょぬれになったマントを重たげに翻して、遺跡の入口へと向かう魔術師。
まるで先ほどまでの一件はなかったかのような切り替えの早さである。
「待て」
「逃がすと思ってるの?」
「フムン」
魔術師は興味深げに振り返り、杖を軽く手元でもてあそんだ。
「私は構わんが……非戦闘員を連れて、私とやるかね」
茶番は茶番として、しかし男の殺気は本物だった。
二対一で、負けるとも思えない。しかし、それでも同じ土俵でぶつかり合って勝てるかと言われると、素直にうなずけない底の知れなさが男にはあった。
まして、戦闘などからきしの博士二人を護りながらでは、とてもではないが話にならない。
しかしこのまま逃すのも、まずいように思われた。
「あの潜水艦と言い、今回と言い、あんた、いったい何が目的なんだ」
「教えてやる必要があるかね」
「なんでこの遺跡のこと、知ってたんだ」
「それこそ教えるものか」
会話は全くの平行線だった。
得られるものは、なさそうだった。
だからその質問は、あくまでも個人的な興味から発したものだった。
「じゃあ、いつまでもあんたじゃ味気ない。名前を教えてくれ」
「名前? 名前だと?」
男は奇妙なものを見るようにしばらく紙月を見つめ、それからバイザーの向こうで僅かに笑ったようだった。
「宿敵に名を教えるというのもいいだろう」
男はしっかりと紙月を見据え、そして名乗った。
「我が名は絶えぬ炎のウルカヌス。貴様を殺す者の名だ、女よ」
「言っておくが、俺は男なんだが」
「……………」
バイザーの向こうの笑みがひきつった気がした。
「趣味は人それぞれだと思うが……」
「急に正直なこというな!」
「悩みがあるならば身近な人に相談するのだぞ」
「止めろ、今までで一番ダメージでかいのやめろ!」
好きでやっているなら平気だっただろうが、何しろ別に趣味でやっているわけではないのだ。
致し方なくやっているのだ。最近やや楽しくなってきた部分はあれど。
男はそそくさとしか言いようのない足取りで入口へと去っていき、そして扉の向こうに消えていった。
「……追わなくていいんですか?」
「やりあって勝てるって確証もない。いまは依頼が優先ですよ」
「ありがとうございます」
こうして、不完全燃焼ながらも、古代遺跡での依頼が終わったのだった。
用語解説
・スプリンクラー。
天井などに設置され、火炎や煙などを感知すると火を消すために水を降らせる機械。
文字通り水を差されたわけだ。
・趣味は人それぞれ
いろいろ寛容な世界ではあれど、女装・男装はまだいくらか傾奇者といった印象があるようだ。
少なくとも帝国でもあまり一般的ではないし、聖王国ではちょっと心配されるくらいのマイノリティのようだ。
なお
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