第三話 魔法は心の鏡

前回のあらすじ


ついうっかりやりすぎて叱られる紙月。

役所に届けを出せとのことだが。







「いってきまーす」

「あ、おい、未来。俺も一緒に行っていいか」

「え? おじいちゃんに何か用でもあるの?」

「うん。使えるコネは使おうと思ってな」

「良いけど、僕走って行くよ?」

「じゃあ俺はタマでいく」

「あ、ずるっ」


 タマに乗って、ジョギングする未来と並走するというちょっと目立つことをしてまでおじいちゃん、つまり前スプロ男爵アルビトロ・スパテーノに会いに行ったのは、なにも枯れ枝のような老人の顔を見に行ったわけではない。


 未来の稽古の様子が気になったというのもあるが、昨日役所に届けを出して来いと言われた一件からである。


 いくら森の魔女だなんだともてはやされていても、紙月は一介の冒険屋である。冒険屋というものは基本的に社会的階級が決して高くない。

 そんな紙月が直接役所に届けを出そうにも、すでに昨日散々やらかした後であるから、絶対に許可を渋られるのは目に見えていた。


 そこで、未来の稽古を見てもらって縁もある、前町長であり前領主である老アルビトロの力を借りに来たのである。

 この老人には明確な権力というものはないが、それでも貴族であるし、そして現当主であるスプロ男爵は父親であるこの老人に頭が上がらないのである。


 権力でどうこうと言うのはあまり好きではないが、しかし使えるものは使うというのは紙月のモットーである。また老アルビトロがあまり権力者らしくなく気さくであることも後押しした理由であった。


「おう、よく来たなミライ。今日はコブ付か」

「はい。シヅキ、おじいちゃんに用があるみたいで」

「そーかいそーかい。いつもの準備体操しておきな。その間に話しておこう」

「はい!」


 郊外の老アルビトロの別邸は、別邸などと呼ばれてはいるが実際見事なお屋敷だった。彼一人が住むには大きすぎるのではないかと思うが、それは庶民の感覚で、貴族としてはこれくらいは普通であるらしい。


 未来は早速中庭へとかけていき、紙月は老アルビトロに連れられ、中庭に並べられた瀟洒なテーブルと椅子をすすめられた。

 ここからなら、未来の様子も見えるし、しかし声が届くほどでもない。


「安物で悪いの」

「庶民が緊張してるのわかってからかうのやめてもらえません」

「ほっほっ、お前さんは歯に衣着せんからからかい甲斐があってよい」


 上等な甘茶ドルチャテオが供されて、さて、貴族はこういうときどんな会話から始めるのだろうかと紙月が茶の香りに考えを託していると、老アルビトロは気にした風もなくざっくりと切り出してきた。

 つくづく貴族らしくない老人である。


「ほんで、今日はまたどうしたね。お前さん、わしのこと苦手じゃろ」

「苦手という訳じゃあないんですけどね」

「貴族じゃし、考えの読めん老人じゃし、おまけにミライを横取りされとっても?」

「オーケイ、苦手です」

「ほっほっ」


 何もかもお見通しという顔に飛び蹴りでもかましてやりたい気持ちを押さえて、紙月は甘茶ドルチャテオの香りに思考を落ち着けた。実際、見通されているのは事実なのだ。


「昨日、採石場跡で騒動があったのはご存知ですか?」

「領内のことじゃからチビっとは聞いとるな」

「あれ、俺です」

「フムン」


 すでに知ってるだろうにもかかわらず、悪戯っ気に笑うだけの老人に、紙月は舌打ちをこらえた。


「魔法の練習のつもりだったんですけど、随分驚かせてしまったみたいで、次からはちゃんと届け出てからするように言われましてね」

「練習であの有様か。末恐ろしいのう。なんじゃ、欲求不満か? 夜の生活ちゃんとしとる?」


 口に含んだ甘茶ドルチャテオを噴出さなかったのは、せめてもの意地だ。

 未来も気になるのかちらちらと視線をやってきているし、そんなところで格好の悪い真似はできない。


「聞こえてないとは思いますけどね、子供の前でそう言うのは、」

「子供だと思っとると、すぐじゃぞ」


 からかい癖のある老人に釘を刺そうと唇を尖らせると、逆に鋭い釘を刺された。

 鋭すぎて、一瞬呆けてしまうほどだった。


「お前さんが拒むにせよ受け入れるにせよ、またどのように受け入れるにせよ、あの子は真剣じゃ。お前さんが思っとるよりあの子は大人じゃし、あの子が望むよりはまだ子供じゃ。きちんと向き合えよ」


 何一つ言い返せない紙月に、老人は、青いな、と笑ったようだった。


「役所の方にはわしから一筆書いてやろう。これで渋られることはなかろう」

「……ありがとうございます」


 その場でさらさらといい加減に書きあげ、封蝋で止めた封書を預かり、紙月はそれ以上、物も言えず立ち上がった。

 いま何か言おうとしても、なんだかうまく言葉になりそうになかった。


「紙月、どうかしたの?」

「なんでもない。俺はこれでいく。稽古、頑張れよ」


 心配したように駆け寄ってくる未来に、そこまで顔に出ているかと、呆れる。

 演劇をやっていたはずなのだが、その意地は、かろうじて型通りの言葉を吐きださせるばかりで、まるで役に立たなかった。


 役所に届けを出し、タマに乗って採石場に向かう間も、老アルビトロの言葉が頭を巡った。

 あの老人はいったい何を考えているのか。未来が一体何を考えているというのか。

 そして、自分はいったいどのように考えているのか。

 人の考えどころか自分の考えすらもわからず、紙月は苛立たしげに爪を噛んだ。


 採石場跡につき、まず少し落ち着いた方がいいと思い立ち、紙月は精密な魔術の運用を試みる。


「《金刃レザー・エッジ》」


 それは本来、金属の刃を生み出す魔法である。

 しかし紙月はこれを調整し、刃だけでなく様々な形の金属を生み出すことができるようになっていたし、時間をかければ非常に細かな細工もできるようになっていた。


 いま紙月は、小さな金属の粒を一つ一つ作り出すようにイメージして、それを煉瓦や、あるいは細胞のように積み上げていく作業に没頭していた。それはかつての世界では3Dプリンターなどと呼ばれるものと同じやり方だった。


 最初の内こそ集中が必要だったが、魔術の操作に慣れ、調整に慣れ、脳内に思い描いた図形をただ出力するばかりとなってくると、思考に無駄な余裕ができてきた。


 未来のことである。

 未来のことばかりである。

 いったい未来は自分をどのように見ているのだろうか。

 そして自分はそれにどうこたえてやりたいのだろうか。


 思えば紙月はこの世界に来てから未来のことばかり考えてきた。

 最初はだた庇護のつもりだった。

 異世界へと迷い込んだ二人、その年長として、子供を守らねばと思った。

 そうすることで、自分の立ち位置を確かにしたかったというのもある。


 やがて相棒として未来の存在が確かなものとなってくると、紙月は少しずつ未来を頼り始めた。

 護るべき相手としてだけでなく、自分という存在を支えてくれる相棒として。


 そして今は。

 今はどうなのだろうか。


 何にもない空っぽの自分を再確認した紙月にとって、未来は欠くべからざる存在であるのは確かだ。

 何者にもなれない紙月にとって、自分の存在を必要とし、自分を支えてくれる未来の存在は無くてはならない。

 だがその自分本位な考え方に対して、未来がむけてくる熱量は何なのだろうか。

 なんだというのだろうか。

 陳腐な答えはすぐに出せた。

 だがそれは自分にとって都合が良すぎた。

 そしてそれを受け取るには自分はあまりにも卑劣に過ぎた。

 自分のためだけに求める紙月と、自分に対して熱量を向ける未来。

 この関係はあまりにもいびつに思えた。

 だが応えぬままでいいのだろうか。

 自分は果たしてどうしたいのだろうか。


 気づいた時には、紙月の目の前には、金属製の大甲冑が出来上がっていたのだった。






用語解説


・3Dプリンター

 立体印刷機とも。

 3DCGデータを元に立体、つまり三次元の物体を造形する機器。

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