第四話 ストレス発散

前回のあらすじ


頭の中は君のことでいっぱい。






 効率が良くなってきたこともあり、またご近所の迷惑というものを聞かされていただけに、昨日よりは早めに切り上げて返ってきた紙月を見つけて、ハキロが笑った。


「よう、シヅキ。また今日も派手にやってきたみたいだな」

「うえぇ、街中に居てもわかるもんですか?」

「いやなに、旅商人が何事かと怯えててな。空を突き破って星でも落としてきたのか?」

「いやあ、ははは」


 一応、掲示板などにも「魔女警報」なる、森の魔女が魔法の研究をしているというお題目で注意が出ているらしかったが、初めて見る旅人や旅商人は、確かに度肝を抜かれるだろう。

 相当ハイになっていた昨日とは違い、今日はいろいろ考えながらだったので、少し客観的な絵面というものがわかったような気がする。


 しかしわかったからと言って、これはやめられそうになかった。

 鍛錬になるというだけでなく、一日魔法を使いまくると、疲れはするのだが、同時にすっきりもするのである。

 特に後半、あまりものを考えなくなってとにかく魔法を使いまくっているときなどは、妙な脳内麻薬でもドバドバと出ているのか段々気持ちよくなってくるし、確かに力を発散しているのだという感覚は、大いにストレスを解消させてくれた。


 そのストレスのもとは何一つ解消していないので、やめろと言われてもそうそうやめられるものではない。


「お前、そんなに鬱憤溜めるようなことあったか?」

「まあ、魔女にも魔女なりの悩みやらなんやらがあるんですよ」

「フムン。まあ大変なことになる前に誰かに相談しろよ。医者とか神官とかでもいいし」

「ははは、そうします」


 とは言ったが、そう気楽に相談できる内容でもない。

 第一、紙月自身がをどのように受け止め、どう考えたらよいのか、いまひとつわかっていないところがあるのだ。

 実際のところ、自分が何を悩み、何に苦しみ、何に焦り、何に困っているのか、そういった初歩のあたりからして、紙月にはよくわかっていない。


 ただ、未来の向けてくる熱量に炙られるようにして、なんだかわけもわからないまま焦らされているのだ。


 さて。


 未来もまだ帰っていないようであるし、3Dクリスタル彫刻の続きでもしようかと思っていると、昨日と同様、広間にカードを広げている連中からお誘いがかかった。


「おうい、シヅキ、魔女様よ」

「最近あの妙な彫刻で小金儲けてるんだろ?」

「ちょいと俺達にツキを分けてくれよ」


 要は賭け試合をしようと言うのである。

 昨日、未来を相手に随分盛大に巻き上げたようだから、それで調子づいているのかもしれない。

 運気というものは長続きしないというし、いまのうちに、という気持ちもあるのだろう。


「フムン。そうだな。ま、たまにはいいか」

「よしきた」

「早速始めようぜ」

「待て待て、未来が帰ってくるまでな」

「へっへっ、それまでに巻き上げてやるぜ」

「お手柔らかに頼むよ」


 今日もまた、冒険屋たちがたしなんだのはポーカーであった。


 ポーカーと言うのはどういうゲームかと言えば、五枚の手札をやりくりして、強い役を揃えるのが目的だと言ってよい。

 より強い役を揃えたものが勝者であり、勝者はチップ、つまり掛け金を得る。


 ポーカーにもいろいろ種類があるが、冒険屋たちがプレイしていたのはもっとも古い形と言われるクローズド・ポーカーだった。つまり、自分の手札はすべて隠して、自分だけが見ることのできるプレイスタイルである。


 ゲームの進行はこのような具合だ。


 まずディーラー、つまり親が五枚ずつのカードをプレイヤーに配る。

 この親の決め方はハウスルールによるが、固定の場合や、時計回りに順繰り、または前回のプレイの勝者がなる、という決め方がある。

 この事務所では三番目の決め方だった。


 プレイヤーはカードを確認し、最初のベッティング・インターバル、つまり掛け金をかける。


 ベットにはいくつか種類があり、最初の人間はベット、つまり掛け金をかけると宣言する。そして同じ額だけ掛け金をかける場合はコール、それ以上の掛け金をかける場合はレイズという。さらに掛け金を上げる場合はリレイズ、リリレイズとなる。

 レイズで上乗せできる額はハウスルールによるが、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》ではもっぱら倍額と言うのが普通のようだった。

 他にまだ誰もベットしていないなら掛け金をかけないチェックで様子見という手もある。


 そしてプレイヤーは一度だけ好きな枚数のカードを交換できる。

 ディーラーから順に、好きな枚数のカードを裏向きに場に捨て、そして同じ枚数を山札からとる。

 全員がカードの交換を済ませたところで二度目のベッティング・インターバルだ。


 そして全員が手札をさらし、最も強い役を持つものが場に出た掛け金を総取りすることになる。


 このゲーム中、プレイヤーは好きな時にフォールド、つまりゲームから降りることができるが、その場合、すでに掛け金をかけているときは、これを取り戻すことはできない。


 ここでは賭博を物語の主体に置くことはないので、あまり真剣に読む必要はないのだが、読み込んだ方はお疲れ様。

 大事なのは冒険屋どもと紙月が賭け事で勝負をして、そして紙月が何でもできる男だということだ。


 稽古を終えて心地よい疲労とともに帰ってきた未来は、どえりゃあ強い役ロイヤルフラッシュを扇代わりに高笑いする紙月と、下着一丁にひん剥かれた冒険屋たちに出迎えられて困惑する羽目になった。


「……なにしてるの?」

「おお、未来、昨日の敵はとってやったぞ」

「ああ、うん、そりゃどうも」


 その一言で、どうやらポーカーで勝ちまくったらしいことは察したが、それにしたって相手をしていただろう冒険屋たちは余りにも酷い有様である。どうぼろ負けしたらこうなるのかと言うほどだ。


「よし、未来も帰ってきたし終わりにするか。掛け金返してやるからさっさと服着な」

「おお、ありがてえ!」

「女神様じゃあ!」

「その代わり、もういかさまするなよ」


 そう口にしてにやりと笑った紙月の手元で、するりと手札が消える。そして逆の手から五枚のカードがするりと現れる。


「なっ、おまっ」

「やったらやり返されるもんだし、ばれなきゃいかさまじゃないだろ」

「ぬぐぐぐぐっ」

「やられたー!」


「紙月、どこでそんなの覚えたの?」

「大学でちょっとな。詳しくは秘密」






用語解説


・ポーカー

 大まかな内容は本文中で述べたとおりである。

 マナーを守ってプレイする限りにおいて、基本的には紳士的に遊べるゲームだ。

 なので手を上げたり、まかり間違ってもくらえ!火炎ビンだァ~~!!してはいけない。


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