第十話 契約成立

前回のあらすじ


末代まで続く呪いの割引。

末永くご贔屓に。






 結局どうにもならずなんにもならないまま、なあなあで問題を解決したことにして、一同は話を進めることにした。

 具体的には、保留にしてあった契約の件からだった。


 まず、アイテムの貸し出しはできないので、しばらくの間は《魔法の盾マギア・シィルド》の二人が工房に通い、必要なものだけをそのとき限りで取り出して展示することにした。出したものはすべてリストアップして、そのリストを確認しながら収納して、抜けがないようにする。

 マネキンに着せることはいいけれど、工房の人間が試着することは禁止。もしどうしても人が着用しているところを確認したい場合は、持ち主である《魔法の盾マギア・シィルド》の二人が着用する。

 指輪などのアクセサリーも決して着用してはならないことを念押しした。

 正直なところ、二人もゲーム内の効果がこの世界でどのように再現されるのか予想がつかなかったので、気軽に試す気にはなれなかった。


 二人が工房に滞在する時間帯に関しては、朝は未来の鍛錬があるので、昼食後から夕食前までとした。

 食事なら工房で出すからもう少し長くできないかとロザケストは提案したが、正直工房の食事に期待できそうにないし、食事くらい好きに取りたいので、二人は丁寧にお断りした。

 それに、ロザケストや職人たちの熱意から言って、何かで、ここでは食事時間で区切らないと、ずるずるといつまでも引き留められそうだったからだ。

 これには職人たちもそうかもしれないと引き下がった。

 何しろ、寝る間も惜しみ、食事も忘れるような連中であるし、そのことは本人たちもよくよく承知の上だったので、強くは引き下がらなかった。


 飯はよそで食っていいから、朝も来てくれないかという声はあった。

 未来は、鍛錬に行くのは自分の都合だし、紙月はその間暇だろうから工房に来てもいいんだよ、と言ってみたが、思いっきり渋い顔をされた。

 そもそも朝早く起きたくないし、よしんば早く起きたとしても、ひとりでこいつらにつきっきりなんて勘弁してくれというのである。

 お前ひとりに楽はさせないぞと紙月は唸ったが、未来としては、紙月といられる時間が増えるのは全く構わないのだけれど。


 無期限の割引に関してもしっかりと契約書に記載して、署名がなされると、それだけで何か一つ大仕事を終えたような心地がしたものだった。

 実際にはすべてこれからなのだが。


 この日はそろそろ時間も遅くなってきたので、並べた衣装や装飾品をリストアップして、簡単な特徴を記すまでにとどまった。 

 ロザケストをはじめ職人たちはできるだけ引き留めてこれらの魔法の品々をじっくり観察したがったが、時間はたっぷりあるからとリッツォ少年にたしなめられ、また食べ盛りの未来のお腹が騒ぎ出したので、お開きとなった。


 未練がましい視線を振り切って工房を出ると、もうすっかり日は暮れて、冷たい夜風が二人を追い立てるように吹いた。

 酒場にでも入って暖かいものでも食べたいところだったが、一度暖かい室内に入ったら、もう出てこられないような気がしたもので、二人は適当な夜鳴き屋台で出来合いの料理を買い込み、事務所の暖炉の傍で食べることにした。


 職人たちの集まる工房街は、遅い時間まで活気がある。

 照明も金がかかるので、とっぷり夜が更けるまでとはなかなかいかないが、職人や徒弟相手に食事をふるまう酒場や屋台が立ち並んでいる。


 寒さに身を縮こまらせながらも、ふわりと漂う匂いについつい誘われて、あちらの屋台はどうか、こちらの店はどうかとめぐってしまう程度には、この屋台通りは胃袋に悪かった。

 ぽかぽかと暖かい《不死鳥のルダンゴト》を着込んでもまだ寒がる紙月さえそうなのだから、多少の寒さではへこたれない未来などは小走りに駆け回ってはあれやこれやと物色するような具合である。


 とはいえ、祭りの日でもなし、そう種類があるわけでもない。

 紙月の《金刃レザー・エッジ》の応用で小鍋を作り、肉団子の煮込みをたっぷりとよそってもらい、大ぶりの腸詰コルバーソを焼き上げて蕎麦粉ファゴピロ薄円焼きクレスポで巻いたものと、回転炙焼きトゥルンロスタージョと野菜を袋状のパンに挟んだものをこれでもかと包んでもらって抱え込み、思い出したように砂地茱萸ヒッポフェオのジュースを瓶で買い、こんなものかと妥協することにした。


 正直それを見ているだけでお腹いっぱいというか、胸やけしそうになる紙月は、松子仁ピンセーモという小さなナッツの類を塩と乳酪ブテーロで炒めたものを少量つまみとして買い、火酒を一瓶、それから寒さしのぎに温葡萄酒ヴァルマ・ヴィーノを一杯購入した。


「紙月、またお酒ばっかり」

「量が入らないから、どうしてもなあ」


 紙月の体が、本当にちょっぴりの食事だけで全然平気であるらしいことを未来も理解はしているのだが、しかしそれが納得につながるかというと難しい問題だった。自分ががっついている横でほんの一口二口で満足してしまう姿はどうしても心配になってしまう。

 そして固形物の代わりに酒ばかり飲んでいる姿は、どうしても呆れてしまう。

 かといって何も飲まず食わずでいる横で山盛りのご飯を頂くのもあまり気持ちのいいものではないので、たとえそれがお酒であっても、何かを口にしながら食事に付き合ってくれるのはありがたいと言えばありがたいのだった。


 事務所に戻った頃には、所属の冒険屋たちの多くは部屋に戻っており、食堂で食事をする者が何人かいるくらいだった。広間の暖炉の傍の揺り椅子に、一等年寄りの冒険屋が分厚く毛布をかぶって眠りこけており、時折老人特有の浅い眠りから目を覚ましては薪をくべて、火を絶やさぬように見張っていた。


 二人は老冒険屋の夢現なまなざしと目礼を交わし、暖炉の火が程よく当たる位置に椅子とローテーブルを引きずってきて陣取ると、さっそく買い込んできた食事を広げた。


 小鍋にたっぷりと注いでもらった肉団子の煮込みは、スープというよりは大ぶりの肉団子にどろりとしたソースをかけたものというような具合で、とにかく食いでがあった。

 食いでがあるし、そしてとにかく熱い。寒い中を抱えて持ってきたのに、また全然冷めていない。ちょっと舌先を火傷するくらいで、それまたありがたい。

 大嘴鶏ココチェヴァーロの肉を使っているらしい肉団子は、ふわふわと柔らかいとは言い難い、歯ごたえの強いものだったが、しかしそれ故に大鍋の中でじっくり煮込まれても全くに崩れることなく、たっぷりと味をしみこませていた。

 その煮汁の味わいというものがまた、強い。蕃茄トマトに、香味野菜の類、それに香草、強く感じるのは大蒜アイロだろうか。使っているものは恐らくそれくらいだろうが、夜まで長いこと煮込まれて煮詰まった底の方をさらって寄越してくれたようで、実に濃い。


 ちょっと飽きが来て匙を置き、次に手を出したのは薄円焼きクレスポで巻いた腸詰コルバーソ、というよりは、熱々の腸詰コルバーソを持つために薄円焼きクレスポをひっかけたようなアンバランスなものだった。

 秋の祭りの時に食べたものは、もう少し薄円焼きクレスポが厚手で、腸詰コルバーソは小さかった。その代わりソースが凝っていた。この辺りは店によって違うようだが、未来としてはこの、ソースなどなくただがっつりと肉といった風情がたまらなく好感が持てた。オトコノコって感じだ、と思う。紙月などはコドモって感じと受け取っていたが。

 未来の小さな口を目いっぱい開かないといけないような腸詰コルバーソは、見た目通りの破壊力だった。パリッと焼かれた皮は歯を立てると音を立てて弾け、たっぷりの脂と肉汁が溢れ出して火傷しそうなほどだった。香草をたっぷり練りこんだり、様々な香辛料を使ったり、そういう器用な所がないシンプルな味わいだが、それがいい。

 それだけだとぼそぼそして、舌触りもちょっと粗い蕎麦粉ファゴピロ薄円焼きクレスポも、このたっぷりの肉汁と合わさると、まあ悪くない。


 一度食べてみたかったんだよね、と期待していたのは、回転炙焼きトゥルンロスタージョだ。

 それは見た目からしてまずロマンだった。大きな串に大きな肉が突き刺さって、横から炙られてくるくる回転している。それは以前海外の映画で見たことのあるシャワルマとかドネルケバブとか呼ばれる料理そのものだった。

 実際は大きな肉の塊ではなく、スライスした肉を積み重ねるように串に刺していったものらしいが、そんなことはどうでもよかった。ただただ、見た目がロマンだった。


 この見た目がとにかくロマンである代物を、未来はいままで食べる機会を持たなかった。普通に売っているような店が近所になく、縁日などでも見かけそうで見かけなかった。もしあったとしても、そもそもお小遣いが不安だった。ロマンのために、男手一人で自分を育ててくれている父親が寄越してくれたなけなしのお小遣いを使うのは後ろめたかった。


 実際に目にし、自分で稼いだお金で、ついに未来は異世界でこのロマンを頬張ることに成功したのだった。

 袋麺麭ピタ・パーノと呼ばれる袋状になったパンに、肉とマリネした野菜、それにオレンジ色がかったソースがたっぷりとかけられており、かぶりつくとこれらが混ざり合って口の中であふれかえった。

 肉は、おそらく大嘴鶏ココチェヴァーロの肉と思われるが、香辛料が良く利いており、香ばしく、そして力強い。野菜のマリネは、玉葱ツェーポ蕃茄トマトに名前を知らない緑の葉野菜で、肉のちょっと強すぎるパワーを爽やかな酸味で受け止めてくれた。オレンジのソースはピリリと甘辛く、食欲を掻き立てた。


 これら三種に思いつくままにかぶりつき、そして時折喉を詰まらせかけてはジュースをあおる忙しない子供の姿を眺めながら、紙月は道中ちびちびすすっていた温葡萄酒ヴァルマ・ヴィーノを早速飲み干し、火酒を手酌でやり始めた。

 つまみの松子仁ピンセーモは、小豆より小さいくらいのナッツで、ピーナッツよりも柔らかな歯触りがあり、味は淡泊だが、やや癖の強い香りだった。

 これを時折思い出したように口に放りながら、紙月はちまちまと火酒をやる。

 以前は何も考えずに飲めるだけ飲んでしまうのが一番うまい飲み方だと思っていたが、未来にも醜態をさらし、そして酒ばかり口にしている生活が続くと、いっとき盛り上がる飲み方より、じっくり長続きする飲み方の方が楽しくなってきた。


 そうしてじっくりぼんやり飲んでいると、なんとなく考え事がはかどるような気もする。

 ロザケストからの依頼。貴族との関係。今日のふるまい。様々なことが浮かんでは、評価を受けて沈んでいく。

 何が正しくて何が間違っているのか、それを正確に判断できるなどとは思わない。紙月は自分の能力の限界を知っているし、この世界に対する無知についても知っている。

 だからこれは反省というよりはあくまでも整理に近いものがある。在庫のリストにチェックを入れるように、自分の行いを思い返して、まとめていく。


 そうした物思いのたどり着くところはいつも、自分の相棒である未来のことだ。

 大した目的もない紙月にとって、未来の希望を叶えてやり、未来の将来を護ってやることがいましばらくの行動指針である。

 それがどういうことであるかと言えば、と頭の隅で思いながら、紙月は未来の頬にべっとり広がったソースをぬぐってやった。


「ん、ありがと」

「おう」


 それはテーブルいっぱいに広げたご飯を思うさま食べたい、なんていう子供じみた子供そのものの、まさしく子供の願いを一つ一つかなえていってやることだろうか。

 紙月は一人頷いて、火酒を口に含んだ。






用語解説


回転炙焼きトゥルンロスタージョ

 スライスし、マリネした肉を積み重ねるように串に刺していき、回転しながら炙り焼きにしたもの。

 またそれを包丁で削り取り、米飯リーゾ麺麭パーノ、野菜などと供する料理のこと。

 肉は地域や作る個人によって異なり、複数種類を使用することも多い。

 西部では大嘴鶏ココチェヴァーロの肉を使用することが多い。


松子仁ピンセーモ

 マツノミ。松の類の種子の殻を取ったもの。

 タンパク質、油脂に富み、栄養価が高い。

 煎る、揚げるなど過熱したのち、そのまま食用にしたり、料理の材料にしたりする。


袋麺麭ピタ・パーノ

 平たく円形のパン。中が空洞のポケット状になっており、半分に切って中に物を詰める食べ方ができる。

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