第十一話 職人たち

前回のあらすじ


本題の服の話よりよほど熱のこもった飯の話であった。

誰か監修の人呼んで。






 翌日のこと、未来が朝の鍛錬を終え、相変わらず中食の昼食を済ませ、二人は連れ立ってロザケストの工房を訪れた。

 日の当たるうちはまだ暖かいななどとのんびり考えながらやってくると、どうも様子が違う。

 夜と昼とで印象が変わる、という話ではない。

 工房の入り口に立った時点ですでに分かるほど、何やら中が騒がしいのである。

 別段、荒事の気配というわけでもないのだが、単に職人たちが仕事に励んでいるという気配ではない。むしろがやがやと無秩序な賑わいである。


 何事かと二人が顔を見合わせていると、そろそろ来るだろうと顔を出したのだろう、徒弟のリッツォ少年が出迎えてくれた。

 もっとも、ただ二人を出迎えに来たというには、どうもただ事ではない様子である。


「ああ! お二人とも! お待ちしていました!」

「お、おう」

「何かあったの?」

「何があったというか、何というか、とにかくその、来ていただければ」


 助かったと言わんばかりに露骨に顔色をよくして、リッツォは半ば強引に二人を工房に引き込み、作業場まで案内していく。そうすると、ますます騒がしさが増してくる。怒鳴り合うとか殴り合うとかいう暴力的なものではないのだが、ただ人と人とが声を出して話し合っているという、その規模が、大きい。

 どう考えても、昨日見た職人たちの数以上の人々がひしめいているようであった。


 どういうことかと考えるよりも先に作業場の扉が開かれ、さあさあ早く早く皆さんお待ちですよと突き出された先では、人、人、人、昨日の倍にも三倍にも及ぶ人々の視線が一斉に二人に集まった。


「う、おっ?」

「なん、え?」


 注目されるのに慣れているし、そもそも注目されるのが好きな紙月はすぐに開き直ったが、急にたくさんの大人たちの視線が集まったもので、未来は鎧の中で縮こまった。それでも、紙月の後ろに一歩下がってしまいそうなのをこらえる程度には、男の子だった。


 あれが、あれが森の魔女と盾の騎士か、思ってたよりもでかいな、噂は本当なのか、竜殺し、見事な衣装だ、ついてるってのは本当か、山を食ったって、俺は小さな子供だと聞いていたが、魔法の品々はまだか、おのおの勝手に呟くざわめきが、混ざり合ってうねるようだった。


 その注目を断ち切るように紙月たちの横で大きく手を叩いたのはロザケストのピンクの長身だった。


「よく来てくれたわね、《魔法の盾マギア・シィルド》のお二人さん」

「あ、ああ、どうも、なんだか知らんが待たせたみたいだな」

「皆さん! こちらが今回協力して頂くことになった、あんたらも噂で知っているでしょうけど、森の魔女と盾の騎士こと、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》の冒険屋、シヅキとミライよ! ハイ拍手!」


 ロザケストが言うまでもなく、作業場に所狭しとひしめく人々はみな大きな拍手と歓声で二人を迎えた。

 むしろ、その騒ぎを抑えてなだめる方が大変なほどである。


「あー……説明してもらっても?」

「もちろん。ちょっと騒ぎが落ち着くまで、適当に笑って手でも振ってあげてくれるかしら、そうそう、そんな感じで」

「むしろもっとうるさくなった気が……」


 勝手に盛り上がる人々に愛想笑いなどを返しながらロザケストに事情を聴いたところ、つまりこういうことであるらしかった。


 工房の職人たちを押しのけるようにして騒いでいる連中はスプロの町の仕立屋組合の親方や職人たちであるという。ロザケストの工房ももちろん仕立屋組合には参加していて、彼らとは商売敵でもあり、商売仲間でもあり、競い合う強敵であり、高め合う親友であるという。言葉を飾らずに言えば持ちつ持たれつの同業者である。

 組合というもののしがらみと利権は決して小さなものではなく、男爵御用達であるとはいえ、一組合員であるロザケストとしては決してないがしろにはできないものである。

 その面倒な連中に、どこから話が漏れたのか、依頼の件が伝わってしまったのだという。

 まあ、どこからかというか、職人たちや徒弟たちにそこまでご立派な機密保持の概念が育っているとは思えなかったので、大方酒場で大声で騒いでいるのが自然と聞こえ漏れたのだろうと思われた。


 ともかく、依頼の件を聞いた組合の職人たちは、お前のところだけずるいと連名でごねてきたらしい。

 いくらなんでもそれは横暴だろうとは思うのだが、どうも近頃ロザケストが名を上げすぎたところがまずかったようである。老舗ならば歴史もコネもあるが、ロザケストは自身の腕と発想で工房を立ち上げた新参の成り上がりなのだ。

 男爵御用達の看板があれば多少の無茶は通せるとは言え、あえて組合と揉めても面白くはない。バランスが大事だということをわかっているのだ。


 仕方がなく、二人の了承が取れればという条件でロザケストは組合の職人たちの見学を許し、こうして押しかけられたのだという。


「あたしにも付き合いってものはあるけど、魔女の秘宝を拝ませてもらうんだもの、気に食わないんだったら、ここで断ってもらってもいいわ。というか、その方があたしとしては面倒がなくていいんだけど」

「俺も詳しくはなんだけど、組合の利権って大きいんだろ?」

「あたしは新参だから立場が弱いってのは確かだけど、新参だから腰が軽いのよ。それに今度の件で伝手もできたし、ご贔屓は男爵だけじゃないわ」

「他所への引っ越しも大変だろうに……いや、いいよ、俺は。いいよな、未来」

「うん、まあ、僕らにとっちゃ人が増えただけだし」

「本当に無理しなくていいのよ? あんたたちの秘密の品が、それだけ知れ渡るのよ?」

「紙月がいいって言うなら、僕はそれで」

「ある程度知れ渡った方が、あんたが安全だろうさ」

「……成程、お心遣い感謝だわ」


 未来はいまいちわかっていなかったが、紙月が組合職人たちの見学を許可したのは、すでに知られてしまっているなら、ここで隠す方が後々面倒になるからだと判断したからだった。

 普通のデザインだけの問題であれば、せいぜい職人が盗みに入るくらいが関の山だ。衣装のデザインなど、職人以外には役に立たない。金を払うだけで完成品を入手できる貴族がわざわざ違法行為を働いてそれを手に入れようとする必要はない。


 しかし、紙月たちの保有する、この世界の人間から見たら奇跡としか思えない効果を秘めたアイテムの情報が漏れた時はどうなるだろうか。それを調べ上げた結果が、たった一軒の工房に隠されているとしたら。それ自体は魔法の力を持たないデッサンであろうとも、その恐るべき効果の一端でもつかめないかと考えるものが出てこないとも限らない。

 もっと発想を飛躍させて、もしかしたら、魔法の品々の一つや二つは預かっているかもしれないと考えるかもしれない。

 そうなったら、危険は比べ物にならない。

 今度は職人たちではなく貴族たちが目をつけるだろう。

 送り込まれるのは泥棒などではなく、秘密を知っている人間を消すための暗殺者かもしれない。

 竜殺しをはじめとした伝説を謳う冒険屋を狙うよりも、それはよほど簡単なことだろう。


 そうなるくらいなら、最初から情報を公開して、リスクを分散してしまった方がいい。

 組合職人たちの見ている前でやり取りをすることで、アイテムは一つの例外もなく紙月たちが回収していることを、彼ら自身に証言してもらおうというのである。


 もちろん、と紙月は付け加えた。


「あんたとは別口の客なんだ。組合からも報酬は出るんだろうな?」


 清々しいまでに露骨な物言いに、ロザケストは呆れたように笑い、それから、もちろん、と答えた。


「さあさ皆さん、組合の皆さん! 見学料のご準備を! 何しろ狭い工房だから、見やすい席は限られてるわよ!」


 手を叩いて再び注目を集め、さっそくあおり始めたロザケストに、組合の職人たちは次々と声を上げていった。それならうちはこれだけ出す、なにを、ならうちはこれだけ、なんのなんのうちならこれくらいは出すね、じゃあうちは、と途端に市場の競りじみたことになってくる。

 職人たちも、それぞれ店や工房を代表してここまで足を運んでいるのである。ここで変に遠慮したりケチな態度を見せて、せっかくの機会をふいにしては何のために来たのかわからない。

 ロザケストもそれがわかっているから、嬉々として煽り、囃し立て、値を釣り上げていく。

 結局、それぞれの店から最上級の服が贈られることとなり、店の格に応じてロザケストが見物権の優先順位を決めていった。

 紙月も未来も、稼ごうと思えば稼ぐことのできる現金より、職人たちが腕を競って作ってくれるという服の方がありがたいし、それならその条件で行こうと頷いた。


 頷いてしまった。


 途端、各々に仕事道具を手にした職人たちが、えげつない笑顔でにじり寄る。


「よし、じゃあ早速採寸させてもらおうじゃねえか」


 職人の数だけやり方があるということを、二人は身をもって思い知るのだった。






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