第五話 穴持たず
前回のあらすじ
傷ついたイェティオの父親を癒す紙月。
嫁にと誘われるが……。
いったん話が落ち着き、おかみの淹れてくれた暖かな
「手紙にも書いてあったけんどよ、穴持たずの
「んだ。山ん中でひょこり出くわしちまってよ」
「穴持たず?」
首を傾げる未来に、イェティオが口ひげをしごいて説明してくれた。
「普通、
だどもよ、冬んなっても冬眠しねえのがたまに出るんだ。冬眠用の穴にこもれないほどでけえのか、冬眠するだけの餌が足りなかったのか、とにかく、腹空かせてるし、気性も荒いし、まんずあぶねえ奴だ。
そういうのをよ、穴持たずっていうだ」
これは普通の熊にもあることで、やはり、冬眠しない熊は、普通の熊に比べても、危険性が高いという。
「おらが見つけたのはよ、身の丈まあ一丈もあっただろうかね」
「三メートルくらいだぁな」
「でけえな」
「
「んでよ、おらも獣除けの鈴は鳴らしとったし、すぐに奴さんが近づいてるのに気づいたんだけんどもよ、いや、あれはいかん奴だな。人間様怖がらねえんだ」
「普通の
「獣は大概、わかんねえもんは怖がるんだよ。
だけんど、あの穴持たずはもう人の味覚えてんな。最初からおらのこと襲うつもりで近づいてたんだ」
聞けば、その穴持たずはなわばりの外にいた老人を、わざわざ狙って追いかけてきたのだという。
「いやぁ、我ながらよく逃げられたもんでよ。ちょっとしたまやかしのまじないを放りながら逃げて、逃げて、気づいたら雪庇踏み抜いて落っこちて腰やっちまって、はーまあ生きた心地がしなかっただよ」
人の味を覚えた穴持たずは、そうでなくても餌が足りなく、ふもとまで下りてきてしまうかもしれない、そうなれば戦う術を持たない村人たちはたやすく屠られ、穴持たずの餌になってしまうだろう。
一度ふもとまで下りてきてしまったら、まともに抗う術はない。
それにふもとまで行かなくても、この宿にやってきてしまうかもしれない。
森にいる間に、早めに討伐しなければならない。
「とはいえ、討伐と言っても簡単ではねえ。
あまりに危険な事態であるから、ヒバゴノにふもとの大きな町であるヴォーストまで遠出してもらい、冒険屋組合に討伐の依頼を出してきたという。
しかし、反応は渋いという。
「なんでだ?」
「まず、相手が悪い。強すぎる。普通の
「そんなに」
「次に時期と場所が悪い。ただでさえ山ん中は
「そうか……冬は誰だって嫌がるか」
「そんで最後の理由だけんど……金がねえだ」
「金?」
「あくまでうちの宿から討伐依頼出す形だからよ、うちからしか金が出せねえだ。そうすっと、どうしても冒険屋を一人二人雇える程度の金しか出せねえだ。それじゃあ、とてもじゃねえが山狩りは出来ねえだ」
「どうにかならないのか?」
「もし村の一つでも被害がでりゃあよ、領主様も気にかけて、懸賞金が出るかもしれね。だどもそうなったころには手遅れだ。村ひとつ潰れたあとじゃあ、仕方ねえんだ」
しかし現状、現実的にはそうなるのを待つほかにないというのも事実であるという。
村ひとつに大きな被害が出るほどの事態になれば、領主も動く。領主が動けば、その懸賞金で冒険屋たちも集められる。山狩りもできる。何人か返り討ちに会うかもしれないが、それでも
だがそのために村人に犠牲が出ることを許容できるかと言えば、同じような立場である温泉宿の一同としても認められるものではないという。
息子のイェティオをはるばる西部から呼んだのも、せめてもの望みを託したものだったという。
用語解説
・ヴォースト(Vosto)
エージゲ子爵領ヴォースト。辺境領を除けば帝国最東端の街。大きな川が街の真ん中を流れており、工場地区が存在する。正式にはヴォースト・デ・ドラーコ(La Vosto de drako)。臥竜山脈から続くやや低めの山々がせりだしてきており、これを竜の尾、ヴォースト・デ・ドラーコと呼ぶ。この山を見上げるようにふもとにできた街なので慣習的にヴォーストと呼ばれ、いまや正式名となっている。
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