第六話 どうしよう

前回のあらすじ


許された一杯になにを飲むか悩む紙月。

多分未来は全然別のこと考えてんな。

それはそれとして空気の読めなさに定評のあるあいつがログイン。






「いまなんか絶妙にうっとうしい気配がしたような」


 気のせいかな、と未来は肩をすくめた。

 虫の予感、などと言うものを信じているわけではないが、しかし何しろ魔法が実在するファンタジー世界だ。何かしらあるのかもしれない。だからと言って何かはわからないので何ともしようがないのだが。

 どうしようもないけれどしかし妙な不快さはあるという気持ち悪さである。


 普段は食事もするし、走り回るしで鎧を脱いでいることが多いが、なにしろこの人だかりだ。人波に呑み込まれないよう、また視界を高く保つべく、未来は鎧姿で広場を巡った。

 大抵の相手を見下ろせる鎧姿は、歩く分には便利だったが、しかし思わぬ障害で時間を取られることもあった。というのも、声を掛けられることが増えたのだった。


 紙月といる時も、確かに声はかけられた。しかしその時は紙月がうまいことさばいてくれて、二人はさくさくと買い出しを済ませることができた。どうしたらあのようにうまくあしらえるものか、未来には全くわからない。

 軽く挨拶をかわすくらいは勿論できるが、具体的な用事もないだろうに有名人だからと声をかけてくる手合いにはどう対処したらいいのか困惑した。特に女性に絡まれると、どうしたものかとうろたえた。そうすると、初心だとかかわいいだとか、妙な反応をされて、さらに戸惑う。

 幸い、あんまりしつこく絡んでくる女性はいなかったが、それでも声を掛けられるたびに未来はどぎまぎした。照れるとかいう以前の問題として、年頃の女の人が未来にはわからなかった。おばちゃんとかおばあちゃんの方が、ずっと気楽だった。


 では男性ならばいいのかというと、残念ながらそう言うわけにもいかなかった。

 もちろん、軽く挨拶だけで済ませてくれる者もいるが、中には妙な絡み方をしてくるものもいる。

 握手してくださいと言うのはまあいい方で、未来も困惑しながら応じてやった。それではしゃがれたり喜ばれたりすると、なんだか気恥ずかしいような、でもちょっぴり誇らしいような気もした。

 しかしこれが、力比べをしてほしいなどと頼まれるとちょっと困った。適当な樽や木箱の上で腕相撲してくれと挑まれたりするのだが、これがまた目立つ。衆人環視の中で一人倒すとなぜか次の相手がスタンバイし、それも倒すと見物客から名乗り出るものがいてと、たまったものではない。


 紙月なら適当に盛り上げて、適当に切り上げられたのかもしれないが、口下手な未来はどう切り出したらいいのかもわからないまま次々に挑戦者を伸していった。

 これが力試しにとか記念にとかそういうさっぱりと気持ちのいい連中ばかりであったなら悪くもなかったが、ついには魔女の騎士の座をかけて勝負だとか訳の分からない手合いまでやってきて、いよいよ辟易した。

 もちろんこの威勢のいい若者は、土俵である樽を破壊する勢いで一ひねりにしてやった。そしてついでに騒ぎに乗じて突発腕相撲大会から逃げられたので、結果としてはいい試合だった。


 多少人込みに呑み込まれてもいいから、もう鎧を脱いでしまおうかと未来が真剣に悩んでいると、不意に人込みの圧が緩んだ。微妙なざわめきと、何かを避けるように動く人々。なんだろうと目をやれば、そこには未来の鎧と同じくらい、あるいはそれ以上に目立つ目に痛いピンク色が闊歩していた。


 周囲の人々から頭一つ抜けた立派な体格は、その頭からつま先までがピンクで包まれることで実際以上の圧迫感を見る者に与えていた。威圧感と言ってもいい。

 柔らかく波打つ豊かな髪は濃いピンクに染め上げられ、複雑に編みこまれて頭部を盛り上げていた。

 骨太で力強い、ギリシャ彫刻の如き男の顔は、口紅、頬紅、アイシャドー、すべてがファンシーでファンキーなピンクに彩られ、芸術、それも前衛芸術を主張しているようだった。

 あまりにも目に痛い、情報量が多すぎるピンクの塊が歩くたびに、まるでエアポケットのように人混みが割れた。


「うへえ」

「うへえとはとんだご挨拶じゃないの」

「ああ、うん、ごめんなさい、ロザケストさん」

「いいわよォ。美は時として受け入れがたいものだもの」

「圧が強い」


 張りのあるバリトンで見事なオネエ口調を操るピンキーピンク男は、ロザケストといった。

 スプロの町で、男爵御用達を認められた仕立屋を営んでいる。未来も以前、ロザケストに服を仕立ててもらったが、本人が自分を飾るセンスとは異なり、まったく見事に調和のとれた素晴らしい仕上がりだった。


 ロザケストと軽く会話をしていると、未来は自分がロザケスト・フィールドの内側に入ったことに気づいた。つまり、エアポケットのように人々が避けていってくれるのである。未来を見かけて挨拶しようとした人も、どピンクを見てぎょっとしては、困惑した表情で去っていった。

 ピンクの仲間と思われるのは率直に言って嫌だったが、しかしロザケストの人物自体は常識人で話も通じるので、ちょうどよい人避けにもなってよいかもしれない、と打算と安堵のため息が漏れた。


 自分でうまくあしらえるようになるのが一番なのだろうが、いますぐにそう言った手際が上達するわけでもない以上、防波堤の存在は未来をひどく安心させた。

 だから大分リラックスした態度だと未来は思っていたのだが、ロザケストはそんな未来をしげしげと眺めて、こう言った。


「それで、なに悩んでるのよ」

「えっ。わかるんですか」

「わかるわよ、そりゃ。顔に出てるもの」

「顔……?」

「言葉の綾よ。あたしも人を見るのが商売だもの」


 そういうものなのだろうか。


 マッシブピンキーダンディは、近くの屋台が大鍋で煮込む乳茶を二人分買うと、適当な休憩スペースの椅子に未来を連れて腰を下ろした。乳茶はミルクの甘い香りと、お茶の香り、それに生姜ジンギブルの香りが混ざり合って柔らかな湯気を上げていた。


 流されるままについてきてしまったが、しかしこれはこれでよかったのかもしれない、と未来は頭を切り替えた。

 紙月に贈るプレゼントのことで悩んでいたのは、確かなのだ。

 そしてできれば誰かに相談したいものの、いい相談相手がいなかったというのも。

 事務所の大人たちは、人生経験も豊富だが、しかしどうしても冒険屋というものは荒っぽい考えになる。彼らに相談しても、紙月への贈り物は多分酒一択だったことだろう。それは、あまりにも色気がない。


 その点、ロザケストは文化的な人間である。見た目は文明の破壊者のような視覚への攻撃性の高いスタイルだが、そのスタンスは人類文化の一つである服飾を極め高めんとする職人である。流行にも敏感で、そのセンスは信用できた。


「えっと、紙月にクリスマス、じゃなかった、冬至祭ユーロの贈り物をしようと思ってて」

「あら、いいじゃない。冬至祭ユーロに贈り物を贈り合うのって、素敵だもの」

「でも、なにを贈ったらいいんだろうって」

「まあ、あんた中身はまだ子供だものね。経験が足りないのはわかるわ」

「大人って何を欲しがるんですか?」

「大人も人それぞれよ。あのコの趣味とかはわかる?」

「えっと……」

「好きなものは?」

「なんだろう……お酒?」


 店を見ているうちになんとなく思いつくだろうという漠然とした考えは、より一層漠然とした紙月に対する認識に早々に打ち砕かれてしまった。

 趣味も、好きなものも、思いつかない。考えてもわからない。あれだけ一緒にいたのに、未来は紙月の好みを全然わかっていなかった。酒以外には。


「でも、少なくとも」

「少なくとも?」

「……ピンクは趣味じゃないと思う」


 苦し紛れの一言は、鼻で笑われた。






用語解説


・ロザケスト(Rozakesto)

 スプロの町で仕立屋の工房を営む人族の中年男性。

 若いころに帝都で修業した。

 腕はよく、男爵からの覚えもめでたい。

 伝統的な技術だけでなく新奇なデザインや技法をあつかう発想力と技術力を持つが、近ごろは帝都からのモードの発信に対して、限界を感じつつある。

 いわゆるオネエ言葉で話し、女性的な仕草をするが、同性愛者ではない。

 あくまでも彼個人の美意識の発露であり、そしてそれは一般的でなく他人に理解されないことを承知のうえである。


・ピンクは趣味じゃないと思う

 でも似合うだろうとは思っていた。

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